アトリエ訪問

新連載 第1回



原 尚利さん
− 生きること 描くこと −

訪問者:中野 中





作品の前で 原 尚利氏

 

 東京・上野駅から一つ目の最寄り駅から浅草方面へ向かい、言問通りを逸れて小学校の裏手に、4、5階建てのコンドミニアムの並びに狭まれて2階家の原家はあった。玄関脇のアトリエに招かれてコーヒーをいただきながら、さっそく取材に入った。

*日々生きる充実感こそ*
 お父さんを早く亡くした原さんは、高校卒業後家業(アパレル関係製造卸)に就いた。一方、好きだった絵画への気持ちは強く、区の成人学校の絵画教室へ入り、そこで幅広い年令層の、様々な職業の人たちと交流、それが自身の視野を広げ、社会勉強になったと後年つくづくと思ったという。そして徳山魏との出会いが、その後新構造社展に出品する機縁となった。制作は夜間と休日が専らであったが、日々の仕事の充実が絵の充実となる相互性となり、家業でのデッサンや色彩勉強も制作にもより良い刺激となっていた。

*直立する老大樹に導かれ*
 原さんが自分の絵の方向性をおぼろげながらも強く意識したのは、40年ほど以前に遡る。スケッチに出かけた旧日光街道の杉並木に魂を奪われるほど魅了されたのだ。梅雨時であったからだろう、力強く直立する大樹の並木に垂れ込める霧が微風に流れ漂う。静寂にして荘厳、まさに神寂びて幽玄の趣きに満ちた世界に全身を包まれた。都会の喧騒、猥雑な現代社会、ただただ慌ただしい日常とのあまりの懸隔は、目から鱗の新鮮さ。忘れていた自然ならではの世界に心を洗われる思いだった。ある時の晴れた日には並木の間を透して射し込む光が木肌の色を刻々と変えてドラマチックな姿を展開する。憑かれたように幾度となく取材に出かけ、何作も描いたことか。




樹 光

会員推挙 第58回新構造展 1986年〈光を色彩に置き換えて…〉

 

 *日本の気候風土の中で*
 原さんが抽象に移行したのは必然であった。杉並木で体感した静寂として神々しいまでの幽玄の世界は、半端な表現では不可能だ。アンフォルメルのシンプルな構成、色・密度・深さ・マティエールで、かつ油絵具こその重ね塗り、削り、拭き等の繰り返し。未だに確かな手応えを求め、杉並木の感動を日本独自の気候風土まで昇華させたいのだ。
 “風土”とは、自分の血脈に受け継がれているもので、それは土地の自然・気候・地味・地勢、あるいは伝承される祭礼や習慣、etc…。みずからが依って立つ根幹に風土を認識することこそ、個々のアイデンティティーを明確化できるのであろう。
 かつて〈日本油彩創作家協会〉に参加したのも、“この地域の気候風土の中で”、生をうけて生きていることの自覚の趣旨に賛同しての故だ。それもこれも、今を生きる自分の生命の悔いない燃焼こそを、日々心に言いきかせ、祈りながら、描き続けていく自覚を持って。
 風もなく桜花も咲きはじめたうららかな春日和に誘われ、取材のあと原さんの案内で近くの吉原神社(新吉原荘園地跡)や富士講の築山のある小野照崎神社など詣でた。近くには浅草酉の市で知られる鷲神社、足を少し伸ばせば浅草神社もある。寺社の街でもある。




旋 律

第89回新構造展 2017年〈Space(空間)に重点を置きながら、
塗り、削り、重ねを繰り返す

 

*1947年生。'69年から新構造展出品。現在、新構造社委員、港の作家美術協会会員。