アトリエ訪問

新連載 第3回



アトリエ訪問 新連載 第3回
洋画家 本田久一郎さん
− 祈り、不安、そして美 −

訪問者:中野 中





アトリエ写真: 自身の設計の天井高の明るいアトリエ。
壁の棚には蛸壺のコレクション、天井には漁網がみられる。

 

 新宿(東京)から京王線でほぼ40分、迎えてくださった車でゆるやかな坂をしばらく進むと、木立の切れ間から眼下に櫛比する市街の街並が望まれ、そこからもうひと坂のぼると本田さんのお宅に着いた、2階のアトリエに案内され、ベランダでお話をうかがった。向かいは駅名にもなっている城址公園のうっそうたる木の葉のそよぎが心良い風を運んでくる。




網と綱( 想)  F120

 

*浜辺の譜 シリーズ*
 本田さんは、はじめ建物や物置をモティフに制作していた。主体展に初出品(1977年)した『物置』など、荒々しく力強い筆致で重厚な迫力があった。その後、長く続く“浜辺の譜”シリーズに入るのだが、今から40年ほど前に丹後半島の若狭湾に海辺の物置きをスケッチに出かけた折、浜辺にころがっている蛸壺にいたく惹かれたことから始まった。
 このシリーズの原点ともなったのが、掲出した『網と綱(想)』(1988年)である。120号の大画面から食み出すような平面的構成に凹凸を力強く、赤と青系色で描き上げた。「海にスケッチに行っても海に背を向けていることが多く、海岸の片隅のゴミの中にあった、網や綱や富士壷が付着している使い捨てられた物のなかに、引きつけられる様々な美を感じ、船虫の視点で創作した」と述懐している。
 以来、網や綱に蛸壺や浮子、あるいは貝殻などのモティフが、単独に、また複合させながら、時に即物的、また抽象的に多様な展開をみせて、実に興趣深い。それらにほとんど人影は見られないし、海面もたまに登場してもわずかでしかない。が一貫して感じられるのは人間生活の匂いや漁師たちの気配である。
 東京の内陸の生まれ育ちである本田さんが、海辺に惹かれるのは子供のころよく海で遊んだという、そんな郷愁も海への親和的心情に向かわせるのかも知れない。。




記憶の風化  F120×2

 

*復興から記憶の風化へ*
 『記憶の風化』(120号×2)は、東日本大震災の衝撃から始まった“復興から記憶の風化へ”の連作の一点である。
 浜辺から街、そして林まで惨状の様子が繊細に描写され、遠く原子力発電所もある。画面は細やかに描写しているが、紗をかけたように、リアルというよりおぼろ気な記憶が浮上してくるようなイメージを受ける。それが、復興の堤防越しに俯瞰する車椅子の老爺の背中姿によって一気に鮮烈に記憶が蘇るのだ。

* *1946年生。新作家美術協会委員。