続・足裏庵日記(6)  ― 鬼の線 ―   中野 中 (美術評論家) 

               

 顔の話はあまりしたくない。が、近頃会う人ごとに言われるのだ。私の眉間の皺というか、窪みというか、神経線とも言う人がいるが、要するに私の顔の、良くも悪くも特徴のことである。  

 「なかのなかの〈眼〉」と表題した、作家論をまとめた評論集を今年早々上梓したのだが、その表紙カバーに木下晋氏が数年前に描いてくれた私の顔の、目の部分を使ったのだ。それで眉間の皺が、私と会った他者から話題にのぼるのだ。のぼせた後、なるほどと納得顔でうなずくのである。そのうなずく納得顔に、私は不安になるというか、落ち着きの悪さを覚えるのである。  

 眉と眉の間の縦皺に自分自身意識するようになったのは、大学の終り頃か出版社につとめて間もなくの頃ではなかったかと思う。  そのころ付き合っていた彼女に、「これで顎にも窪みがあったら、グレゴリー・ペックね」と眉間の縦皺を指摘されたのである(断るまでもないが、当時の私は今より30キログラムは細かった)。  
  それが外国の映画俳優の名前だと判ったが、その頃の私の映画体験は市川雷蔵の「眠狂四郎」と勝新太郎の「座頭市」くらいのものであったから、急いで映画グラビア誌で探してみると、ずいぶんと男前である。その上、眉間の縦皺はいる、いる、いい男は大概あるではないか。  
  ゲイリー・クーパー  
 ジェイムス・スチュアート  
 ハンフリー・ボガード  
 マーロン・ブランド  
 ジョン・ウェイン  
 グレゴリー・ペック  

 

まだまだ挙げられるが切りがない。みな男らしい二枚目ばかりで、これらの遥か後ろに私の名前がくる。つまり、いい気分になっていたのである。  それがいつの間にか、  

 「陰険だ」  
  「難しい顔して」   
  「神経質そうネ」  
  「冷たそうなヒト」  
  「陰気でユウウツそう」
と言われるようになってしまった。色男の絞所がイヤミな男の証文になってしまったのだ。はじめはそんなバカな!!と一笑に付して聞き流していたが、あちこちで言われると気になる。そこでa島易断所発行の「運勢暦」を調べてみると、  「印堂(眉間)に、縦の紋理が何本も現われ乱れているのは辛苦が多く、左右に二本、整然と立ち登っているのは短気で憤怒しやすい」 とあり、更に、 「印堂に縦の紋理多くあるのは、家を破り妻子に別れます」。  

 ひどいものである。  

 で、どうしたか。どうしたのかあまり覚えはないのだ。そして再び話題になって、当の私はヘラヘラ笑うばかりだ。  自画像をいくつも描いた夭折の画家村上槐多は、その自画像にハッキリと眉間の縦皺を描き込んでいる。そして「鬼の線」と呼んで疎ましく思っていたらしい。  「妻子に別れ」の易断にも負けず、私はめでたく結婚25周年を迎えることになる。

 

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