続・足裏庵日記(8)  ― ファッショ ―   中野 中(美術評論家)

                 

  タバコがこの7月から値上げになる。苦心と工夫と企業努力で廉くてうまい発泡酒を開発して、これが人気で売上げ増になったといって国は加税率を上げた。  自分たちの行政改革、政治改善をカラ騒ぎに終らせておいて、そのツケでどんどん増える赤字国債や国庫負担を、我々のささやかな楽しみをいじめることで補おうとする。不況も政府の無為無策にガマンならないが、こうしたお手軽税収アップ対策はもっともガマンならぬ ものの一つだ。こういう所業を〈あこぎ〉という。  

 もう一つ、どうしても書かねばならぬ。出来れば書かずに済ませたかったのだが、モノ言わざるは腹ふくるるばかり、フラストレーションがたまってたまらない。読者にはお気の毒で相済まないが、せめて書くことでカタルシスを得させていただきたい。  

 お察しの通り〈禁煙ファシズム〉のことである。マスコミを含めての国をあげての禁煙運動(正確には喫煙者追放運動)はまさに大衆病理現象(シンドローム)の一つであり、ファシズムに他ならない。  すでに東京(全国?)の私鉄は終日構内全面禁煙を施行している。要は私鉄の領域内ではタバコを絶対喫わせないという行動に出た。千代田区ではすでに、昨年10月から区内の一部の指定区域での路上喫煙に過料を条例化した。  

 まるで親のカタキ討ちでもするかのような意気込みだ。まるでヒステリックである。  

 そもそもタバコが真に健康に害なのか、疑問視する向きも多分にあるのだが、そんな科学性は目に入らぬ とばかり、マスメディアでも反タ

バコキャンペーンに大わらわだ。こうした現象を懸念した意見は、劇作家・評論家の山埼正和氏が毎日新聞に寄せた文章を目にしたくらいで、反対意見を述べたら、孫子まで憎まれそうな世間の目だ。

 JR線の喫煙コーナーで、負け犬になりたくないので胸を張って盛大に煙を吐いていたら、何か穢ならしいものでも見るような視線を浴びてしまう。  

 流行(ファッショナブル)に弱い国民性なんだからとファッショを等閑視するわけにいかないのだ。  

 喫煙者のマナーの悪さは気になっていた。あまりに傍若無人に過ぎ、目にあまった。そのことへの懲罰というならば、喫煙者の一人としてあまんじて受ける覚悟はある。  

 それにしたって全面追放はないだろう。都美術館は早々と昨年の春頃?から館内の喫煙区域を完全廃除し、戸外に灰皿を用意した。そこはコンコースの下とはいえ、風が吹き抜け、雨も当たる。暑い日は同じに暑く、寒い日は十分に寒い。そんな所へ高齢の喫煙者を追いやってしまって良いものだろうか。さもなくても体に良くないと言われているタバコである。苛烈な状況がゆえに何らかの発作を起こしたら、さあどうしますか。そんな不幸はおこしたくない。  喫煙権などとヤボなことは言いたくないが、狂気じみたファッショには耐えられない。せめて換気を十全にした室空間が用意されても良かろうと思うのは、ヘビースモーカーの筆者のみではあるまい。

 

topページへ
2002〜2003 essayへ