続・足裏庵日記(10) ― ヴェロンの夏 ―   中野 中(美術評論家)

               

 2年半ぶりにヴェロンを再訪した。前回は冬の2月、今回は真夏、熱暑の中であった。  パリから南へ約150キロ、ブルゴーニュ地方にあるヴェロンは人口四、五千人ばかりの寒村である。西にヨンヌ河、東に低い丘陵が広がるその間の平地にある小じんまりした町で、その丘に登ると、古格を帯びた教会を中心に、町の周囲をローマ時代の城壁の跡にチオールの並木に囲まれている様子がよく解る。その教会からわずかの距離に、故・三岸節子が晩年の15年ほど使用したアトリエ兼住居があり、現在、子息の洋画家・三岸黄太郎が使っている。そこを拠点に三岸節子のヴェロン時代の足跡を辿るのが目的である。  

 日常の買い物は車で15分ほどのサンスですませ、隣村のパシィには『一本の木』のモデルとなった大樹がある。探訪はヨンヌ河沿いに南下、ヨンヌの流れが麗しいヴィレヌーヴ、ヨンヌ県庁のオーセールには13世紀に着工、16世紀に完成したロマネスクとゴシック様式の混合したカテドラルがあり、そこから東へ白ワインで日本にも知られるシャブリ、あるいは西へ陶磁のジアン、ポン・キャナル(運河橋)が見もののブリアールなど、レンタカーを駆って意欲的に走り回った。  

 これらの町々の間に、刈り入れのすんだ麦畑や枯れた向日葵畑、丈低いぶどう畑が、目の届く限りうねる大地が広がっている。  この光景が三岸節子の傑作『ブルゴーニュの麦畑』を生んだのだ。車を止めて木蔭で涼をとりながら、ただただ眺め入ったのだった。

ところで三岸節子は〈スケッチ魔〉と言われるほどたえずスケッチをしていたという。転機が良ければ子息黄太郎の運転で遠出をし、雨が降れば花々のスケッチを欠かさなかった。しかもそのスケッチは、色鉛筆やパステルで描いた。はじめから色付きであり、カラリストの面 目躍如とする話ではある。  

 それほどスケッチに精を出しながら、油絵作品(タブロー)になると、まったくそのオモカゲもない別 の作品になる。いわゆる抽象化が強く為されていることを知る。  

 ならば、スケッチとは何であるのか。  

 三岸節子は「とにかく現場に立たなくては何もはじまらない。そこに立って風を聴き陽を浴び、風景と対話が出来ないと絵は描けない」という意味のことを語っている。  

 そのことは何かというと、風景と自分との相関を計っているのではなかろうか。そして風景の真景、言い換えれば風景の〈姿〉をつかもうとするのだ。  

 私たちは、様子の良い人を〈姿のいい人〉という言い方をする。この場合、形が良いとか格好がいいということばかりでなく、その人の性質や人柄の良さをも含めて、〈姿が良い〉と言う。その意味での〈姿〉、つまり風景の性質のようなものをスケッチを通 して探している。  タブローでは風景をかりてその姿を描こうとする、つまり抽象化がはかられることになる。外見でなく内実にこそ人を感動させるある種の普遍性を持ち得るということだろう。

 

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