続・足裏庵日記(13)   ― 春ウララ―     中野 中 (美術評論家)


 ここだけが熱い。燃えている。1万3千人が押し寄せ、券もグッズも完売、そして社会現象として新聞1面 にカラー扱い。こんな名優?はいただろうか。  

  3月22日高知競馬第10レース、ハルウララは11頭立ての10着に終った。鞍上に天才ジョッキー武豊をもってしてもこの成績、めでたく106連敗を飾った。  いまや人気絶頂のハルウララを知らぬ人はいないだろう。1996年、北海道の牧場で天皇賞馬の父二ッポーテイオーと母ヒロインの間に生まれた。血統は決して悪くない。98年11月デビュー以来、2着4回、3着6回。獲得賞金106万5千円。私は1度もTVなどで見たことはないが、何故にこれほどの人気が出るのか。おそらくその姿や仕草が可愛らしく健気なのではなかろうか。  

 地方競馬が生んだ人気馬といえばハイセイコーやオグリキャップの名が思い浮かぶ。彼らは多くのハンディをはねのけて中央の舞台で栄冠を手にし頂点を極めた。つまり雑草が栄光を手にした。ひたすら強かった。それで人気が高かった。  いまは出ると負けの弱者が人気を得る。高度成長期と不況低迷期の違いだろうか。それにしてもハルウララに我が身を重ねて慰めているとしたら、それこそ情ない。志が低いとか生きる姿勢云々という前に、些か安直に過ぎはしないか。

昨今のTVの質の低さ、内容のヒドサは今更言うに及ばずだが、殊にもタレントが馬鹿まる出し、人間的下劣さを見せて(演じているとは思えない、かなりは地のままと思う)恥じない心、それを大口あけて見ている私達、こんな悲劇的な姿はない。ハルウララをイヤシにしているのも同種だと思える。  

 ただし、ハルウララを笑えない。しかし私は拍手もしない。そうしか生きられない者は徹してそう生きれば良いのだ。高望みもせず卑下もせず、貧は貧の花を咲かすしかないではないか。他人に仲間を求めることはない。  それにしても「ハルウララ」とは見事な命名だし、騎乗した武豊の「少し走るのが遅いだけ」はさすがの評だ。  

 ちなみにこの日、イスラエル軍がパレスチナのアハマド・ヤシン師を暗殺した。

 東京はこの日は冷え込んで肌寒かったが、週末の27日は暖かく、桜も一気に7分咲き。上野公園の桜のトンネルの下は傍若無人の人々はほとんど見かけなかった。といって花の数ほどに人出は多く宴会も盛んであったのだが、思いのほかおとなしく行儀が良かった。これしも不景気風のせいとは思いたくないのだが。私は一人、地元に帰ってカウンターの片隅で盃を傾けたのだが、他目にはひがんでいるようにも、すねているようにも見えたかも知れない。心に春麗らを抱えながら…。  

  天才がムチをふっても   駄馬は駄馬         ちゅん 

 

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