続・足裏庵日記(14)   ― 近代と自画像 ―     中野 中 (美術評論家)


 2つの会場で開かれている「再考 近代日本の絵画 美意識の形成と展開」展(第一部=東京芸大大学美術館、第二部=東京都現代美術館)は、圧倒的であった。二会場あわせて648点、作家数にして301人。とにかく圧倒的な数であって、瞬間々々には良く知られた名作があらわれて、おおっと感動(この作品がここにあったか、といった意味合いの驚き)はするものの、一巡して見終ってみれば何がどうだったのか、ほとんど混沌たるままでまとまりもつかない。展覧会の作り手も大変だが、見る側もまた大変だ。とにかく疲れた。  
  しかし、いつも名作展と銘打ったダイジェスト展ばかり見せられている立場としては、主催者側の価値観の押しつけなしに、とにかく全部(ではないが)見た気分は悪くない。  全部、という点では四段掛けで壁面を埋め尽くしていた自画像はまさに圧巻であった。  東京美校(現芸大)の学生が卒業制作として描いたもので、営々100年以上続けてきたものである。この自画像の数々が私にはとりわけ興味深かった。  
  自画像=
selfportrait(英),au- toportrait(仏),selbstbildnis(独) 画家が自分自身を描いた絵画。画家が鏡をみて自分の姿を描くことは西洋では1400年頃から試みられ、(略)独立した作品として現れだしたのは16世紀になってからで、板絵よりもむしろ素描において発達し、のちにはほとんどの画家が試みる画題となった。とくにレンブラントやファン・ゴッホは若年から晩年まで数多くの自画像を描き、各々の内省的芸術を証

明している。日本で自画像が描かれはじめたのは、明治以降、西洋画の手法が移入されてからで、それ以前の例は少ない。(新潮世界美術辞典)

  日本が近代国家としての歩みを始めてから130年以上になる。政治や経済と同様、芸術文化もまったく新しい体制のもとで近代化の道をたどってきた。それは〈西洋〉をお手本とし、指針としてであり、特に美術で はその影響が大きかった。日本の自画像は近代になって西洋画手法を真似てはじまったという。ならば日本近代の絵画史はこれら自画像を見ることで多くのことがわかってきそうである。ただもう一つ加えねばならぬ のは、西洋の絵画手法の導入はもとより、自画像に限っては、近代になって西洋から〈自我〉の概念が入ってきたことが根底をなしていよう。だからこそ「自分をみつめる」絵として独立したジャンルが成立することになる。  
 
  それにしてもおびただしい数の自画像が残されたものだ。がここに描かれた姿はみんな若い像である。みんながみんな若いものだから、私には遺影のようにも思えてしまったりもする。  
 
  が、いろんな顔があるものだ。それは造形的にはもちろんだが、それよりも画家が自分の像に向き合った時の感情や思いが様々で、その思いが画像を通 して伝わってくる。恥ずかしげに、豪然と、意識過剰や自己陶酔…等々。人柄がみえたり人間性がのぞけたり。これで年令差(中年や老境)があれば尚更の醍醐味は出てくるのだが……。

 

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