続・足裏庵日記(15)   ― エコロジィ ―     中野 中 (美術評論家)


〈エコロジィ〉をテーマとするパネル・デスカッションに引っ張り出された。が、時間配分の齟齬で私の持ち時間がなくなったため「日本の食糧自給率(約40%で、穀物に限ると僅か28%)は世界180ケ国の中で160番目の低さのため、経済力で世界中から食糧を買い漁り、そうすることで食糧の国際価格を高騰させてきた。結果 、緊急に食糧を必要としている国が買えなくなり、飢餓をつくり出す原因となっている。そのことを理解せずに飢餓に苦しむ国々の子のためにと募金する。この矛盾、その傲慢さ」を早口で言うにとどめた。がいかにも舌足らずであった。  
 
 ところで私たちが〈自然〉という時、人間を含めて天地間の万物を指しているが、もう一つ、文字通 り〈オノズカラ然ルコト〉(人為を加えないあるがままの状態=天然)の意もある。〈自然〉の状態を尊んで、それにいたずらな賢しらを加えないのが、老荘思想の〈無為〉である。〈自然〉と対立する概念は〈人知〉であり、〈無為〉には〈人為〉であろう。  
 
  日本で自然環境保護法が施行されたのは昭和48年のこと。それ以前から〈エコロジィ〉という言葉をよく耳にするようになった。この言葉には本来の「生態学」の他に、人間も生態系の一員であるとの視点から、人間生活と自然との調和・共存をめざす考え方に「自然環境保護運動」の意がある。  
 
  それにしても自然環境は少しも良くならない。温暖化による異常気象。今夏の日本の炎暑、欧州の冷害、米国の旱魃など地球規模の異常気象をはじめ、土壌浸食、表土流失による耕地面 積の減少、灌漑用

水の使いすぎや無計画な森林伐採による地下水や保有水の低下、それに伴う塩害の増加により世界の食糧事情は確実に悪くなっている。ここは一番、なまじ〈人知〉を賢しらに使うより、謙虚に〈無為〉であることに学びたいと言っても詮ないことか。  
 

  今更の話だが、日本が今日のような経済的繁栄を成し遂げることが出来たのは農業国だったからなのだ。工業には冷却や洗浄に豊富できれいな水が必要で、その水を多量 に供給してくれているのが農業や森林なのだ。それほどに農業や自然は重要なことは誰でも知っているはずだった。  
 

  なのに戦後の日本社会は、あまりにも経済を優先し、効率化やスピードを重要視し過ぎた結果 、人々は競争に追い立てられる中で疲れ果て、暮らしの豊かさを見失ってしまった。生きている意味が忘れ去られ、金と物がすべての価値になってしまった。今の私たちの社会は、日本人の心を無くし、モラルが急激に低下しているが、それはとりわけ農業の衰退と基を一にしているように思えてならない。それほどに私たちには農業が大切であり、エコロジィにとって重要な鍵をにぎっている。  

  しかも今日、食糧は国家間の戦略物資として扱われる時代だけに、今の日本の状況はきわめて危険なものに見えてならない。世界の食糧事情が確実に悪化する中で、最も深刻なのがアメリカ農業であり、そこに食糧の多くの依存をしている日本は、明日の飢餓を担保にした飽食社会なのだ。

 

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