折々の眼(18)  “川俣”横浜トリエンナーレ2005  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 ことしの9月28日から12月8日まで開催されることになった現代美術の国際展「横浜トリエンナーレ2005」。その記者会見の招待状が、拙宅に届いた。展覧会の記者会見の招待状が送られてくるのは、格別 珍しいケースでない。けれども新聞社や雑誌社に属するサラリーマン記者でない私には、関係がないと思い込んでいたので、これまでずっと律義に出席を遠慮してきた。しかし、である。改めて考えると、無所属の美術記者も存在するわけだ。それなら記者的性格に近い仕事の私にも、資格がある。尻のポケットに常に忍ばせている美術評論家連盟の身分証にも、「プレス」と明記されているのだから。  
 
  自分の職能のフィールドをこうして改めて再認識すると共に、今回の会見場が山下埠頭に公開碇泊する氷川丸船内というユニークなロケーションにも大いに惹かれ、とうとう重い腰をあげ一路、港ヨコハマをめざした。  

  2001年につづく、1年遅れの第2回展だ。山下埠頭の倉庫をメイン会場として、内外約80名のアーティストが参加予定という。全体テーマは、展覧会が運動態であることを強調する「アーティストサーカス(日常からの跳躍)」。つまり、観客が常に展覧会を客観するという従来型スタイルを脱し、観客とアーティストの垣根を越えて制作現場に立会い、作品を体験するダイアローグ的展示を試みようとする。同時に、「場に関わる」ことを重視する。アーティストのホームスティはもちろん、参加型の公開制作、コミュニティとの関わりのなかで変化する制作を積極的に導入、アートとの新鮮な出会いの場の形成に努めようとするらしい。

 今度のトリエンナーレ最大の特徴は、何といっても総合ディレクターとなったのが、美術評論家でもキュレーターでもなく、知名度の高いアーティスト自身である点だろう。予定されていた建築家の磯崎新が突如、辞退。急遽指名されたのが立体系インスタレーションの川俣正というドタバタ劇があっものの、いずれにせよ第一線で活躍するアーティスト自身が総合ディレクターになるプランに変わりがなかった。従来の国際展のなかでも、前代未聞のケースではないか。世界から注目されるに違いない。成功すればアーティストの運営手腕が讃えられるだろうし、失敗すればそれ見たことかと評論家やキュレーターに痛罵されるだろう。妬み深いアーティストたちから、反感を買うかもしれない。  
 
  評論家やキュレーターが総合ディレクターになると、コンセプトや出展の人選などはぶいて、とかく権威色が帯びがちだ。対してアーティストの場合、気軽に参加を呼びかけるといったアットホーム的雰囲気が濃くなる。展覧会の運営事体に君臨するというより、自分自身が「横浜トリエンナーレ2005」という超大作を創造する、という意識が働くことになるだろう。それが吉と出るか、凶となるか。川俣正の手腕をじっくり見極めたい。

 

topページへ
2002〜2005 essayへ