続・足裏庵日記(26)   ―  矜 恃  ―  中野 中 (美術評論家)


 この1週間、不愉快でたまらない。徐々に昂じて怒りが心頭に達しつつある。  

  連日テレビ放映されている芸術選奨受賞画家の盗作疑惑問題が、である。作者がいかに弁明しようが、これは明らかに盗作である。本人が抗弁すればするほどその人間性までが疑われてしまう。共同作業だ、オマージュだと強弁しても、いや、すればするほど卑猥さを露呈するばかり。一日も早く盗作を認めて謝罪して幕引きにして欲しい。むしろもっと大きな問題は、こうした受賞制度のあり方にあるのではないか。文化庁は「両者の言い分をよく検討した上で、第3者の判断を仰ぎたい」としているようだが、まったくお役所的ステレオタイプの対応で、自分も当事者たる自覚もないし、したがって責任も感じられない。選考委員の責任は大きい。このことを明確にせず、作家のみの責任で終らせては、問題の解決には一つもならない。  

  いずれにしても美術界の醜聞だけにあまり語りたくないが、ここまで社会的話題となったからにはしっかりした、誰もが納得いく解決をしていただきたい。  それにしても人間はいつからこれほど破廉恥になってしまったのだろうか。ひとりの人間としての生きて在ることの尊厳はどこへ行ってしまったのか。矜恃、誇りという言葉は失われつつあるのだろうか。

  コンクール展や若者の登龍門的展覧会での盗作問題は残念ながらかつてあったことは事実だ。しかし今回のように60代半ばという画家としてもっとも脂の乗

った仕事の出来る、あるいはするべき年令で、しかも十分なキャリアと実力を持ち、大学教授として後輩の指導にも与っていた人が、おどろくことに大作だけでも20点前後も盗作をしているとは、驚きをこえて唖然として口も効けない。魔がさしたのではなく確信犯だ。オマージュ作品だなどと苦しまぎれの強弁は、曲解もはなはだしく、先達の仕事に対し無礼きわまりない。何よりもイタリアの画家に非礼であろう。他者に対する心が皆無だから、自分に対しても画家としての誇りも、人間としての尊厳も持てないのだ。マスコミに報道され始めてからの見るに耐えない醜悪な発言や態度には腹わたが煮えくり返る。一刻も早く画家廃業をすべきだ。  

  繰り返すが、いつからこんなに矜恃や誇りを捨ててしまったのか。バブル景気からバブル崩壊後の何でも金次第、弱肉強食の世相が生んでしまったのだろうか。  
 
  例えば、教育基本法の改正だという。論点は愛国心という言葉を使う使わないであって、結局は国民に愛国心を持たせようというのである。しかし、ちょっと待って下さいよ、である。心のことを法で強制して生まれるのですか、育つのですか。そうではなく誇れる国、誇れる社会づくりが先でしょう。さすれば何も言われなくても自分の国を誇ります。先生も両親も敬います。  
  それにしても残念至極である。絵を描く、そのことの初心を捨ててしまって金と栄誉に走ったのか。絵を描くことの素晴らしさを汚されてはならない。

 

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