続・足裏庵日記(27)   ―  孤 独  ―  中野 中 (美術評論家)


数少ない親友の、それも年下の友の死に出遇うのは実につらいことだ。手を合わせ冥福を祈りながら、人間はつくづく哀しく寂しく孤独な存在だと思う。  人間は生まれながらの死刑囚である、と看破したのはパスカルだ。確かに人間は誰もが死ぬ 、確かに死亡率100パーセントである。どんな善人でも自分の番がくるのを待っている死刑囚のようなものだ。平穏無事な生活の軌道がどこかで死にいたる引き込み線につながっていることは間違いない。  
 しかし、だからといってやがて必ずくる自分の死とどう向き合ったらいいのだろうか。  食道癌の手術を受け、死の淵に立つわが身を自覚した高見順は、 「私の魂はいまちぢに乱れている。ヒューマニズムなんてウソだ。善意なんてウソだ。生きる喜びなんてウソだ。死を前にしたとき、こんなもの一切は無意味だ。おもいきり必神の言葉を吐きたい」  
  と日記に書いた。  
  長い闘病生活を送った石川啄木は、
「つくづく病気がいやになって、窓を壊して逃げ出そうかとまで思った」  
  と、死に対して無駄な抵抗をする。  
  萎縮賢で死んだ森鴎外は、たとえ一年早く死んでもいいから仕事を続けたい、何もしないよりそのほうがいいと言って、医療拒否を選んだ。  
  ヨーロッパではどうなのだろうか。  
  1832年3月22日に大往生を遂げたゲーテの最後の言葉は「もっと光を!」だったと伝えられる。もっともこれは「鎧窓を開けてくれ」と続いていたそうだから、単に「窓を開けて、もっと明るくしてくれ」と言ったに過ぎない。

「祖国…フランス…軍隊…ジョセフィーヌ」とナポレオン。
「ああ、もうすっかり飽きあきしたよ」とチャーチル。
「余は余の義務を果たした」とネルソン提督。  
  名女優サラ・ベルナールは「恋をなさい、恋を」だったとか。  
  中には創作もあるかも知れないが、まあざっとこんなところだ。  
  様々に読みとれるが、誰もの通奏低音として感じられるのは〈孤独〉だなあ、ということだ。生まれるときも死ぬ ときもひとり、はけだし哲学的名言といえよう。  
  孤独ということでは、20世紀の小説家で劇作家でもあったグレアム・グリーンは、 「書くことは治療法のひとつの形である。書いたり作曲したり描いたりしない人々はすべてどうやって孤独からくる狂気やうつ病や人間に固有のいわれのない恐怖からうまく逃れているのかと、わたしはときどき不思議に思う」と語っている。  
  社会学者などによると、孤独とはひとつに他者とのコミュニケーションの欠如であったり、愛情や尊重される意識の欠如に対する反応である、とする。私などは孤独とは絶対的な存在であると思っているから、孤独は当たり前、時に寄り添い、時に喧嘩したり、ほどほどに付き合っている。  とはいえ、いつだって「俺は寂しいんだ」(裕次郎)

 

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