折々の眼(27)  
類例のない 「丸山正三、素描の紙々」展 
ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 この夏、新潟市美術館で開催された「丸山正三、素描の紙々」展は、類例のない画期的な展覧会となった。類例がないのは、いったいどんな点においてだったのか。  

 まず画家としての資質と技能が厳しく問われる素描展自体が数少ないにもかかわらず、あえてその圧倒的な出品量 で挑んだこと。スケッチ、エスキースを含む約150点近くの素描類を公開するなど、日本では空前で、もしかしたら絶後となるのではなかろうか。  

 次にそれらの膨大な作品が、美術館の大きな二つの展示室の壁面に、作品個々の性格を把握したうえで、各々にふさわしい多様な間隔で、実に技巧的、美的に展示構成されたことだ。″影の間″となったのが、第一室。モノクローム作品だけが、ゆったりと本来の存在感を示す結果 となった。第二室へ入ると、眩惑的な″光の間″に反転。豊かで繊麗な幾多の着彩 作品が原則的、あるいは変則的に並ぶ。その二つの空間のコントラストが鮮烈で、きわめて強い残像を遺す。  

 何よりもまた、素描展を成功に導いたのが、画家を敬愛する実行委員会の面 々の溢れる熱意と、「丸山正三、素描の紙々」という斬新なインパクトのあるネーミングに起因するところが大きいのではないか。「素描というものは、一生懸命やらなければならない。神に捧げるようなもの、自分の人生を掘り下げていくもの」という画家の信念に心打たれ、

私が考えついた。一枚一枚の貴重な紙々に表出する神々への捧げもの、という意識が深く籠められている。もちろん、密かに紙(ペーパー)と神(ゴッド)という語音の響きを懸けているのは、いうまでもない。  

  ところで丸山正三とは、どんな洋画家なのだろう。ご存知だろうか。新制作協会の創立メンバーの一人、故・猪熊弦一郎に師事。ことし九十四歳になる、同協会の最古参の会員である。風景画からスタートし、抽象全盛時代には半具象も試みるが、再び風景画に軌道修正し、現在へ至っている。確かなテクニックを有するカラリストの風景画、と称してよいだろう。しかし画壇的には、まだまだ地味な存在かもしれない。それには、理由がある。画業の傍ら、医師として永く郷里の長岡市に留まり、上京して自分をアピールする機会に恵まれなかったこと。油彩 作品発表の場は、年一回の「新制作展」のほか、ほとんどが新潟県内に集中する。例外として一九九八年、多摩市の東京国際美術館で画業五十年の自選展を開いたくらいだろう。  
 
  私が画家と直接関わるようになったのが、三年前。同じ新潟市美術館で開催し、改めてその実力を身近に確認する契機となった卒寿記念展以来だ。繊麗な色彩 と構図が、豊かな知性を感じさせる大展観だった。その冷めやらぬ余勢を受けるかたちで、新たに企画実現したのが、これまでの全軌跡から素描類を自選し、その展示構成のすべてを私に託した今回の素描展だったわけである。

 

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