折々の眼(30)  「第一回朝日・銀座展」 ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 20数年前、朝日新聞の一面に「電柱追放、すっきり銀座」の見出しが躍った。記者は、銀座四丁目の有楽町マリオンの脇に位 置する朝日アートギャラリーの現在の責任者、川上湛永氏という。その彼が今度、日本の繁華街の代名詞とも称すべき銀座を美術で表現したらどうなるかと発想し、立ち上げたのが新しい公募コンクール「朝日・銀座展」である。美術評論の村田慶之助と佃堅輔と私、それに、銅版画家の山本容子と建築家の藤森照信が審査員だ。朝日の系列会社が経営するギャラリーの主催とはいえ、朝日OBの評論家が一人も絡まないのが、かえって新鮮に映るかもしれない。  

  公募団体展や一般のコンクール展の審査の機会にときどき恵まれる私だが、テーマ展は、まったく久しぶり。おそらく、「人間讃歌大賞展」以来ではなかろうか。それだけに、審査当日が大いに楽しみだった。今や欧米ブランドの視界地と化した流行の発信地をどのように造形するか。名店のスポットをそのまま写 実的に安易に描きはしないか。各地に点在する銀座通りや銀座街もモティーフにできるかなど、期待と不安が交互に駆け巡った。  
 出品総点類が209点。告知やPRにいくらか出遅れたにしては、まずまずのスタートだろう。87点が入選し、そのうち約半数が本賞(大賞、準大賞、佳作賞、秀作賞)や各スポンサー賞に輝いた。スポンサー賞が多いのは、協賛会社が多いこのコンクール展ならではの嬉しい特色だろう。

 ギャラリー内で行われた審査は、昼食時以外、終始立ちっぱなし、歩きっぱなし。その疲れも感じさせないほど、和やかながらも真剣に取り組んだ。まず、どうしても分けられない連作以外、複数出品を1点づつに絞った。つづいて、このコンクール展を性格づける各々の審査員名を冠す個人賞を選ぶ。村田さんは、密蝋仕上げの抽象作品の吉岡友次郎。佃さんは、中央通 りをモザイク的キューヴィック状に描く加藤広貴。山本さんは、繊細な線描の銅版の渡辺徳子。藤森さんは、女心を把む無数の商品サンプルを全面 に配すmayu。そして私は、モノクロームのエスキース風だが、銀座の迷宮的性格を奔放にしてシニカルに捉える半那裕子を選び、賞候補としても高得票だったので、準大賞となった。最終的に大賞となったのが、ねねのりこ「銀座土産」。いずれの審査員賞にも選ばれなかったのは、ポップでキッチュな細密な図柄の或る種の軽々しさに戸惑ったのではないか。しかしやはり、あっけらかんとした現代的魅力には全審査員も抗しがたく、話題性に富む点も考慮して決定した。或る公募団体の会員だそうだ。毎年、食品をモティーフに発表。ということは、個展開催の権利を得て、やがて開催される会場の壁面 は、さぞや食品で一杯になるだろう。展観者は何も食べずに個展会場へ足を運ぶと、きっと満腹感で豊かになるに違いない。想像するだけで、愉快になる。

 

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