折々の眼(33)  評論家の資質とタイプ  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 美術評論を後半生の仕事とするようになったのが、1970年代後半。かれこれ、三十年以上にもなる。これだけ美術に接していると、よほどインパクトの強烈な作品に遭遇しない限り、年々歳々感動の度合いが薄らぐのもまた、致仕方ないかもしれない。そうでなくても私は、どちらかというと同業の中でも研究理論派タイプというより、作家タイプに近いだけになおさらである。  

  美術評論家の生態と資質を身近でチェックしていると、どうやら、大雑把に二つのタイプに分かれるように思われてならない。すでに前述したように、研究理論派タイプと作家タイプだ。  

  研究理論派タイプとは、いうまでもなく、美学や美術史や造形論を重視するタイプ。作家タイプには、元・詩人や美術家といったように、実際に創作体験のある面 々が多い。過去の美術界をリードしてきたそのようなタイプが、最近ではきわめて少なくなっている。私自身は傍ら詩作するので、作家タイプの評論家ということになろうか。意識が常に作家側に近い、といってよいかもしれない。 しかし、現実に画廊などの展覧会場を巡っていると、この程度の発想と技術なら自分にも創れる、というゴーマンが頭をもたげる。そこで結局、一気に創作行為へと暴走してしまう、というわけだ。これまでグループ展などにしばしば、機械的現像の偶然の面 白さを取り込んだコンパクトカメラによる写真作品を発表した。また1993年には、六本木のストライプハウス美術館主催

の公開講座「世紀末大学」で、山口勝弘、井上武吉、池田龍雄、塚原琢哉、大成浩などと共に「マニフェスト展」に参加、ミニマルなインスタレーション「黒地に赤く」を出品したこともある。 

  評論家のなかには、美術評論も立派な創造行為だと主張してはばからない御人もいる。けれど私には、そうは思えない。創造行為は、無対象が基本だからだ。ところが美術評論には、必ずといってよほど大前提が立ちふさがる。作品、もしくは作 家という存在だ。 いずれかを対象とし、はじめて評論が展開されて成り立つ。その対象に縛られるからこそ、美術評論家としてはある意味、自由が約束されているのかもしれない。″不自由の自由″というやつだ。  

  しかし私はときどき、その″不自由の自由″という制約つきの自由が窮屈となり、逃げ出したくなる。そして ″真の自由″を探ろうと努める。そんなとき私は、にわかアーティストとなる。詩を創ったり、展覧会の展示構成を請け負ったり、インスタレーションやコラボレーションに挑んだりする。  

  11月5日(月)から10日(土)にかけ、京橋の青樺画廊で行われる「出版記念『ワシオ・トシヒコ詩集』展」のインスタレーション個展も、いわば、そうした動機づけの大きな流れのなかへ入るのだ。

 

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