折々の眼(35)  ルネサンス3大巨匠の意外な共通 点 ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 埼玉県の飯能市に所在する駿河台大学へ出講し、早や十年以上になる。「芸術文化論」という、ヨーロッパ美術史とも政治史ともつかない曖昧模糊とした教科を担当している。授業の進行は年を重ねるごとに、シラバス(カリキュラム)通 りにいかなくなってきた。歴史は生きもので、時の権力者がつくるものという認識が頭のなかを混乱させるからだ。  

 今年の授業が今、ようやくルネサンスに辿り着いた。ルネサンスについては、誰もがしたり顔をする。イタリアのフィレンツェに端を発したとされるけれど、十五世紀からなのか、十四世紀中頃からなのか、いちおう終息を迎えるのが十六世紀のいつ頃なのか、実は定かでない。ルネサンスを代表する三大巨匠といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ。異論は、ほとんど耳にしない。年齢差があるものの、同時代を共有したこれら巨匠はあまりにも有名だ。では互いにどんなふうに関わり、どんなふうに成果 をあげ、どんなふうな生涯を送ったのか。せめてアウトラインだけでも学生たちに伝えようと、この時間がやってくると私は必ず、「ルネサンス3大巨匠の比較対照表」を大きく板書するのが常だ。形容詞的な “万能の天才” “神の如き人” “聖母子の画家”からまず入り、出生、性格、出身工房、主なパトロン、代表作、歴史的評価を項目として立て、それに簡潔なコメントを書き込む。  

 レオナルドは冷静沈着型、ミケランジェロは激情型、ラファエロは調和型といった性格で想像できるように、レオナル

ドとミケランジェロが両極端のライバル同士、ラファエロはその中間といったように、類似する項目が少ない。ただ、意外な共通 点があるのを、研究者たちは見逃していないだろうか。出生の項目における出自の不幸、ないしは心的外傷についてである。レオナルドは、公証人の私生児として生まれる。ミケランジェロは、フィレンツェ郊外のカプレーゼ市の市長の息子として誕生しながら、なぜか石工の家に預けられ、六歳で実母と死別 する。ラファエロも、中部イタリアのウルビーノ市の画家の子息として生まれるが、八歳で母親と死別 。要するに三人とも、人生のスタート台ともいうべき少年時代に、両親が揃った健全な家庭で育っていない。後年、レオナルドとミケランジェロが同性愛に傾き、ラファエロが “聖母子像”を多く描いたのも、そうした欠落した出自に関係があるのかもしれない。いや、絶対にあるだろう。偉大な芸術は、自分の欠落部分を見据え、執着して、それを超克しようとするパッションがなくては生まれないのだから。  

 最後に私はいつも学生たちにこういって、「ルネサンス3大巨匠」の授業を締めくくる。「皆さんのなかにも、少年時代の不幸な芽に囚われながら生きている人がいるかもしれない。しかし、それがやがて飛躍の芽になることを信じてほしい」。

 

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