折々の眼(36)  バングラと日本に懸けるアートの橋 ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 銀座、京橋界隈には、ギャラリーが多く点在する。しかし近年、きちっとしたポリシーやビジョンを窺わせる個性的スペースが、いったいどのくらいあるだろう。銀座六丁目に所在する中和ギャラリーなど、その少ない例の一つではなかろうか。JRを利用する私としては、有楽町駅から下車して近いせいもあり、外堀通 りのスペースでは、みゆき画廊に次ぎ比較的よく立ち寄るほうだ。最近でこそ「中和ギャラリー?」というと、「バングラデシュの作家を多く扱っているあの…」と反応がすぐハネ返ってくる。それまでは、どちらかというと目立たないスペースだった。オーナー・ギャラリストの名は、中村力男さん。小柄で、何事につけても地味なタイプ。社交的明るさより、常に作品そのものの固有的価値に重きを置き、たった一人でギャラリーを切り盛りしている。したがってこれまで、彼と作品以外のプライベートな会話を交わすゆとりなど、まったくなかった。  

 先日、「第10回バングラデシュ新世代の作家展」を観に行った。たまたま客足が途絶えているところへ直面 したので、このときとばかり、中村さんの素顔へ無遠慮にやっと迫ることができた。中村さんは1941(昭和16)年、静岡県三島の農家に生まれる。早くから小説家になる夢を抱き、新聞配達などをしながら刻苦勉励し、フランス文学を専攻するようになる。やがて教科書会社を経て、映画の輸入会社へ転職、定年近くまで勤めた。定年を待たなかったのは、第二の人生の生活設計を具体化させるためである。

人件費を計上しないで、たった一人で経営可能な芸術関係の職種は何か。そこで思い至ったのが、画廊経営だったのである。退職金を元手に、それに年金収入を当て込み、勇躍オープンしたというわけである。私の聴き違いでなければ、今から確か十七年前のこと。映画の輸入業務を通 し、すでに欧米各国についての事情には詳しかった。が、むしろ関心は、発展途上のアジアの国々にあったらしい。各種の展覧会を展開するなか、間を縫うようにして、インドやイラクなどの作家も意欲的に紹介した。   
 
  しかし、“バングラの中和”と親しまれるようになるには、東京芸大の芸術博士の称号をもつG・S・カビールさんとの出逢いを待たなければならなかった。秀れた画家である彼こそ、バングラデシュと日本をつなぐ″アートの親善大使″の名にもっともふさわしい。遠い母国の新鋭画家に次々と働きかけることにより、個展やこの「バングラデシュ新世代の作家たち」を初めとするグループ展などが、立ち上げられるようになったわけである。中村さんとカビールさんの生真面 目な人柄が互いを認め合い、必要とした結果なのだろう。  
 
  一口に現代のバングラ作品といっても、多様だ。日本を含めたアジア的土壌に共通 する感性と共に、きわめて緊密度の高い画面づくりに特色がある。それを支えるのが、作家個々の哲学性やメッセージ性ではなかろうか。

 

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