続・足裏庵日記(43)  ―こだまの人―  中野 中 (美術評論家)


 なんの気紛れか、京都まで〈こだま〉で出かけた。東京駅発7時56分、東海道新幹線を各駅停車で京都駅着11時39分の3時間43分の旅である。〈のぞみ〉ならその所要時間は2時間20分前後である。〈こだま〉の所要時間で〈のぞみ〉ならば広島駅に間もなく到着する。その上、〈こだま〉の京都までの直通 列車が極端に少ない。もっとも朝早いのが6:56で、その次が私の乗った列車で、それ以降も毎時56分発が新大阪駅までは行く。ちなみに〈のぞみ〉は7時台は最大10本もある。車両も当然のごとく旧式の古いやつであり、心なしか座席も固いし、トイレもよく清掃はされているもののなんとなく汚らしい。僻目のせいか車内販売の売り娘の容姿もやや見劣りするような……。

 にもかかわらず何を好んで〈こだま〉を選んだのか。断っておくがエッセイの種づくりのためではない。結果 的にはそうなっているが、初老親爺の郷愁と思っていただいてかまわない。

 昭和40年、といえば東京オリンピック開催の翌年のことで、オリンピックに間に合わせるべく突貫工事でつくられたのが東海道新幹線だから、〈こだま〉が走りだしてまだ間もない頃のことで、新幹線に乗るなどまだ稀なことだった。

 

その年の晩夏、大学3年生の私は就活運動中で就職試験を受けるために初めて新幹線に乗ったのだ。首都圏の新聞社や大手出版社を軒並落ちての都落ち、いや京都だから都上りか、先方が用意してくれたチケットで勇躍、というよりも本来なら追い詰められた立場ゆえ眦を決すべきところ、何しろ初体験の上に、同僚と二人連れで、車内をあちこち探訪し、富士山が見える、海が見えた、高速道路を行く車と競走だ、などとまったく餓鬼のふるまいも今思い出すだに冷汗ものだが、そんな浮わついた気持ちゆえか実力ゆえか試験には落第し、さすがに肩を落とし情無い姿を仲間に見せるのを一刻も遅らせ立ち直る時間を稼ぐため、新幹線チケットを普通 車に買い替えて途中一泊して帰京したことを思い出す。

 いつもの馴れで指定席券を買わずに自由席で良かったのに、と反省したのは東京駅でがらがらの空席だったからだが、品川から新横浜でけっこう乗客があり、何の因果 かロマンスシートを回転してボックスにした三つの席をおば様が占め、介護・嫁・旅の3題囃をとめどなく垂れ流す。これはタマランと覚悟したが、小田原、熱海、三島と過ぎて新三島で降り、あとは静岡でロマンス状に戻してふさがった。静かになったとたん空腹を覚え、掛川の次で浜松で鰻弁当をおごり、豊橋―三河安城―名古屋で2時間50分、お尻も痛くなりはじめたし、何より莨をやりたいので喫煙車両に移り、岐阜羽島―米原と過ぎ、ようやく京都駅着。

 この間、警察小説(文庫本)を一冊読了、タバコ2本、弁当一個に車内販売のホットコーヒーと冷たいお茶(ペットボトル)各一コ。あとはうつらうつらとぼんやりの繰り返し。それでも〈のぞみ〉とは雰囲気がずいぶん違ってました。

 

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