折々の眼(43)  「北朝鮮」という呼称  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 この地球上、どこを探したって「北朝鮮」という国などありやしない。それにもかかわらず、日本政府はじめ、ほとんどのマス・メディアが、このところ「北朝鮮」、「北朝鮮」と連呼してはばからない。こういう現象を、どう分析すればよいのだろう。不可解きわまりない。単に ″習慣的呼び名″ですまされない問題だ。日本国家と国民の単純な大ミステリーを、あっさり看過したままでよいのだろうか。

 「北朝鮮」とは100%、国連に加盟する独立国の一つの朝鮮民主主義人民共和国を指す。もしもその正式呼称が長ったらしいというのなら、「朝鮮」と略称すればよいだけのこと。同じく国連に加盟する大韓民国を「韓国」と称するように。それにもかかわらず、朝鮮に限っては必ず、上方に「北」をつける。その根拠が、どうしてもわからない。どなたか教えてください。「北」があるなら、「南」があってもしかるべき。ところが現実には、朝鮮半島の南側に位 置する韓国を、決して「南朝鮮」とはいわない。不公平だ。「韓国」に対し、もう一方をなぜ「朝鮮」といわないのか。在日朝鮮系の人々はもちろん、彼らの祖国を決して「北朝鮮」などといわない。自ら「朝鮮」といい、「朝鮮大学校」、「朝鮮総連合」などの名称も日常的に使われている。

  「北朝鮮」の呼称で連想されるのが、ベトナムだ。ベトナム戦争下では、「北ベトナム」と「南ベトナム」に分割されていた。戦争終結後にベトナム社会主義共和国となり、現在それを略し、「ベトナム」と呼ぶ。こうした歴史的事例で推測するならば、アメリカの軍事的同盟国が、政治的に朝鮮半島を準戦時体制下と位 置づけ、朝鮮を依然として「北朝鮮」(North Korea)と呼びたいのではなかろうか。それならいっそ、韓国を「南朝鮮」と呼んでしかるべきだが、ちゃんと「韓国」と呼ぶ。片手落ちではないのか。学校教育の観点からいっても、直ちに「北朝鮮」という誤った呼称をやめ、正しく朝鮮とするべきだ。仮にも、世界が正式に認めた国連加盟の独立国には違いないのだから。現状ではどこが朝鮮「民主主義」人民共和国か、実態は ″ならず者国家″に近いのではないか、という批判は批判として。しかしながら正確な呼称の事実は事実として、厳格に認識するのが国家の責務であり、マス・メディアの役割と使命ではないのだろうか。もう一度繰り返し、強調する。この地球上に朝鮮が存在しても、「北朝鮮」という国など存在しない。存在しない国のことで、政府もマス・メディアも連日キリキリ舞いしている。滑稽ではないか。

 日々を生きているうえで、私は、或る特別なイデオロギーを信奉しているわけではない。あえて自覚するところがあるとすれば、非戦平和を理想と考えるリベラリストでありたいと願っていること。現在の朝鮮を決して支持しているわけではない。ただ、正しい国名を使うべきだと主張するにすぎない。

 

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