続・足裏庵日記(44)  ―身体髪膚 ―  中野 中 (美術評論家)


 身体髪膚とはいかにも古い言葉で、もはや死語に等しいかとも思うが、私たちの世代より上の人々には、身体髪膚これ父母に承く、という成句としてかつて馴染んだ懐かしい言葉だと思う。身体髪膚(しんたいはっぷ)とは体全部のことで、この体は両親からいただいたもの、という意で、だから大事にしなきゃいけない、という言外の思いがこめられている。

 ありがたいことに私は両親から丈夫な体をいただいて、これまで体にメスを入れたこともなければ、入院生活を強いられたこともない。胴長短足出腹出尻である私は、若いころは、金もいらなきゃ名誉もいらぬ 、も少し長い足があればいい、などと小柄な漫才師の口舌を真似て思ったりもしたものだが、この歳になると何よりも丈夫な体がいとおしい。丈夫な体を下さった両親に感謝々々の日々であった。

 そんな自分が入院する破目に陥った。大ショックであった。

 前兆は1週間前からあったが、こういう時に限ってスケジュールがバッチリ詰まっていて毎日出かけざるを得なかった。日曜をはさんで週明けの月曜日、痛みと怠さに耐えきれず病院へかけこんだところ、即入院を宣言されてしまった。

 以来、8日間、毎日朝から夕までの点滴の連続とひたすら患部を冷却するばかり。2畳半ほどにカーテンで仕切られたベッドの上での生活のなんと単調で退屈なことか。〆切に追われて数枚の原稿を片付けたあとは、暇にまかせて差入れてもらった文庫本を開くのだが、どうにも根気が続かない。すぐ気が散って活字が目に入らない。

 点滴を引きずりながらパジャマ姿でベッドとトイレをしきりに往復する姿に、これが入院患者の典型かと妙に納得しながら情けないことこの上ない。食欲もないから、3度の寸分の狂いもなく配膳される食事への欲望もなければ不満もない。ただただ義務的に箸を口に運ぶだけ。男だけの6人部屋は互いに会話もない。しきりに出入りする看護士さんと事務的な言葉のやりとりがあるだけ。4、5日を経ていくらか回復してくると、酒はさすがに飲みたくもならなかったが(やはり未だ本調子ではない)タバコがむしょうに吸いたくなってきた。と同時に、キャンセルした仕事や足を運べない展覧会のことが気になり、思い悩んでも致し方ないとわかっていればいるほどまとわりつく。

 それにしてもこんな時にはどうしてもマイナス思考になる。オポチュニスト(楽観主義者)を自認する私でさえ、考えが慎重というよりは弱気になる。還暦を迎えて人生を逆算して考えたものだが、そのことをかなり本気で考えたりもしたが、所詮はベッドの上で堂々巡りをするばかり。

 その間にも世間では民主党の党首が替わり、A型インフルエンザが蔓延しつつあり、犯罪や自殺が毎日のごとく起きる。どれもこれも違う惑星の出来事のように遠く感じられる。  さても8日間の無聊をなぐさめてくれたのは毎日訪れてくれた女性たちだった。妻よ娘よありがとう。

 

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