続・足裏庵日記(47)  ―自画像―  中野 中 (美術評論家)


 私の一年の計は〈新世紀の顔・貌・KAO―30人の自画像―〉展で始まる。第8回目の今年は1月18日から東京・銀座で立ち上げ、金沢、大阪、北海道の鹿追、京都の各都市を巡回して5月後半に終る。

 2001年にスタートしたことから〈新世紀〉をタイトルに冠し、多様な表現を期待し想定して〈顔・貌・KAO〉と謳った。原則として自身の顔にこだわっていただいている。

 画家たちが鏡に映した自分の顔を描き出したのは1400年ごろからだとモノの本にはある。もちろん人間が自分の顔に関心を持ったのはギリシャ神話のナルキッソスにまで遡る。古い時代の画家は独立した個として自己主張する存在でなく、いわゆるアルチザンに徹していたし、中世には信仰がキリストやマリア、使徒、悪魔あるいは聖書の物語を伝導普及のために描き、そこにはおよそ自分を描くという考えや動機は入りこまなかった。ただ初期フランドル絵画には宗教画の群像の中に画中人物として自分を紛れこませた作品が見られる。しかし、ひとつの絵画ジャンルとして成立するのは、やはりルネッサンス以降で、ルネッサンス期の人間観が、画家たちに人間存在そのものを宗教の拘束・束縛から解き放って全体的にとらえることを可能にしたのだ。この時期にすぐれた肖像画が描かれたのも、独立した個性として人間をとらえるようになったことで、それが当然、自分という一個の人間に向けられるようになった。こうした意識はまた観る側にも画家の人間性への興味を高め、自画像への理解・応援があったこともあったに違いない。

 ティツィアーノやティントレットの自画像がその先駆だろうが、特筆すべきはデューラーだ。13才の銀筆の自画像は異例だが、油彩による世界で最初の自画像といわれる、制作年を冠した『1493年の…』、『1498年…』さらに最も著名な『1500年の自画像』が生まれる。順次、画家の技法、眼差し、思考の深化と成熟が見てとれる。

 バロック期の代表は、油彩だけで約60点、版画も加えると100点を超える自画像を描いたレンブラントである。彼にとって自分自身が、そこから歩み出してそこに立ち戻る、尽きることのない源泉だったように思えてならない。奥深い内面までばかりか、時間と生活が彼に刻みつけたものまでがなまなましく読みとれる。

 以降は馴染みの画家と自画像が陸続と登場する。シャルダン、ゴヤ、ドラクロア、クールベらが登場し、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌに至ると自画像という主題そのものが強く打ち出されてくる。

 日本ではこれらの作品が知られる明治以降となる。〈自我〉もそのころ意識されるようになった。

 扨て、21世紀にはどんな自画像が描かれているのだろうか。個性プラス時代性を抜きに自画像は考えられない。私の企画では毎回、20代から80代と幅を広げ、様々な表現や思考を見せていただいている。今回は手前味噌的で恐縮だが、ぜひお出かけ願いたい。

 

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