折々の眼(49)  有志募る、青木繁「海の幸」会 

  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 東京都写真美術館で開催された「森村泰昌―なにものかへのレクイエム」は、最近になくアクチュアルで刺激的な個展だった。自らが演じるコスチウム・プレイ映像作品の一つ「1945・戦場の頂上の旗」で、森村の記憶と個人史的探求の旅の原点として位置づけられたのが、近代洋画を代表する青木繁の油彩「海の幸」(重要文化財)である。


 ところで、「海の幸」誕生のゆかりの民家が、今なお存在することをご存知だろうか。一九〇四(明治37)年、東京美術学校を卒業した青木繁はその夏、悪友の森田恒友と坂本繁二郎、それに恋人の福田たねと一緒に、南房総を旅する。投宿先が、現在の館山市の小谷家。近くの布良海岸で、大漁の水揚げの壮絶なシーンを目撃したという坂本の話に触発され、明治のロマンとして空想的に描いたのが「海の幸」だったわけである。


 小谷家は、代々が漁師の網元。現在は廃業し、当主の老夫婦が住む。築一三〇年の木造平屋なので、老朽化が著しい。そのモニュメンタルな文化遺産を修復保存し、後世へ継承しようとする動きが、すでに地元で展開されている。それに呼応するように、今度は東京を発信拠点として全国的に活動を拡大すべく、新たに立ち上げたのが、NPO法人青木繁「海の幸」会である。理事長に女子美術大学理事長の大村智さんを迎え、入江観、村田慶之輔、酒井忠康の皆さんが副理事長。理事には四人の美術評論家のほか、奥谷博、中山忠彦、塗師祥一郎、吹田文明、馬越陽子、絹谷幸二、大津英敏、甲田洋二、久野和洋、吉武研司などといった画家が名を連ねている。


 

 

 会の主目的はあくまでも、「海の幸」ゆかりの小谷家住宅の修復保存と公開継承へ向けての募金活動だ。更には、古くから文人墨客に親しまれる南房総一帯の海岸線の自然景観をいくらかでも護ろうとする意識があるかもしれない。また、それだけに留まらない。メンバーの末席に列なる私の主観的願望としては、会員のほとんどが美術関係者という特色をできるだけ活かし、発会を記念するチャリティー絵画展、「海の幸」ゆかりの家と周辺の地を巡るバス・ツアー、食べる「海の幸」の会など、いろいろと楽しいプランも考えられるのではなかろうか。


 来年はちょうど、青木繁没後一〇〇年。「海の幸」を所蔵する石橋美術館で大規模な回顧展が企画されると仄聞する。当然、彼への関心が高まる。そこでどうだろう、たった一回限りの「海の幸」顕彰全国公募コンクール展のようなものを仕掛けては。テーマは〈人間〉〈働く〉〈海〉とし、地元市町村に協賛してもらう。出品料一万円をそのまま入会パスポートとし、賞金の代わりに南房総の特産品を賞品とする。こんなことをあれこれ夢想するうちに、原稿を投函する時間が迫った。


 入会問い合わせは、事務局長の吉岡友次郎さんへ。044・945・5473、又は090・1600・2823。

 

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