続・足裏庵日記(50)  ―夢の庭―  中野 中 (美術評論家)


 誰だって夢を見る。若いうちは特にそうだろう。私だって人並みに夢を見た。既に私には過去形である。しかし私は本当に夢を描いたことがあったのだろうか。惚けて忘れてしまっているのかも知れないが、あまり壮大な夢(あるいは野望)を持った記憶がない。


 小心で生真面目だった私は、20代に麻雀、競輪、競馬をしきりにやった。テツマンを繰り返したり、競輪競馬で地方へ泊りがけで出掛けもした。勿論、酒も安暖簾をくぐりまくった。しかし、酒と煙草は生涯の友となったが、ギャンブルは30才辺りで止めてしまった。


 ギャンブルは熱くなって嵌まらないと面白くない。そこそこにこなしていたのでは盛り上がらない。熱中症になってこその醍醐味なのだ。結局、小心者は小心者から脱皮出来ずに来た。


 それなら地道に歩くしかないと覚悟して〈足裏庵〉なる号を自分に冠しては見たものの…今日この様(ざま)である。そんな次第で夢を見損ねて到った前期高齢者としては、これだけはやっておきたいという課題はある。それをも夢というのかも知れぬが、そんな七彩に煌いてはおらず、自分が生きてきたことへの自分の義務、いや、生かされてきたことへのアンサーをしなければ自分の人生の締めくくりが出来ぬではないか、と覚悟している。


 が、生来の怠け者ゆえ、酒を呑み煙草をふかしながらボンヤリと虚空を眺めているうちに時は流れ去ってしまうことだろう。

 しかしながら、世間には夢を実現させてしまう人たちがいる。たまたま縁あって知遇を得ることになった〈夢の庭工房〉の小澤楽邦さんもその一人だろう。氏は陶芸家としての活躍のキャリアを十分に持っておられるが、10年ほど前、東京から現在地に広大な土地を入手され移転、まず奥様の趣味のバラ園を造営し、4、5年前には〈夢の庭画廊〉をオープン、年5〜6回の企画展を開催。入口を入ってすぐのところには小澤さんの大小の作品から日用雑器の展示室があり、それに続いて瀟洒な母屋(住居)がある。


 この夢の庭画廊で個展開催のI氏にお誘いいただき、夕刻近くの別所温泉でひと風呂浴び、ひと晩おもてなしにあずかったのだが、濡れ縁に酒と灰皿を持ち出し、ライトアップされたバラを愛でながらの、実に楽しい一宵であった。


 それにしても夢を実現し、持続させることは容易ではあるまい。何百坪という土地、200余種のバラ、現代系画家の個展、これらの管理・運営だけでも私など眠れなくなってしまう。このほかにも機関紙を東京時代から発行し続け、このほど100号記念パーティが行われたともいう。


 ご夫妻とも愚痴など少しも言わず、淡々と実現した夢の、更なる充実へと静かに情熱を燃やし続けている。もちろん私などには測りがたい多くの苦労があるに違いないのだが、貘ではあるまいに人は夢の中に生き続けられるものなのか。小心者はひたすら夢見ごこちであった。(夢の庭工房=上田市前山264〜3、友の会有り)

 

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