続・足裏庵日記(51)  ―ときじく―  中野 中 (美術評論家)


 ときじく、という言葉をふと思う。〈非時〉と宛字し、〈いつでもあるさま〉の意。夏から早秋にかけて変らぬ香りを放つ橘の花・実は、非時香菓(ときじくのかくのみ)と呼ばれる。


 早く『古事記』や『日本書紀』に〈かくの木の実〉についての有名な伝承がある。それは、垂仁天皇の勅命により、田道間守は遠く常世の国に渡り、〈時じくのかくの木の実〉を得て持ち帰った。その〈かくの木の実〉が橘であるという説話である。『万葉集』に詳しい方なら、この伝承をふまえて大伴家持がかくの木の実を賛美した長歌をご存知であろう。


 橘は、とくに花橘とも呼ばれるが、その花のみならず、実も葉も、常磐木として、実用的にも観賞的にも、四時それぞれに見るべきものがあるので、古くから諸邸宅の庭先などに好んで植えられたらしい。京都御所の紫宸殿の南階下の西側に今もある「右近の橘」などもそれであろう。

 


 ところで〈ときじく〉はともかく、〈かくの木の実〉と詠んだ歌は何かなかろうかと万葉集や古今集などをパラパラとめくってみたけれど、さっぱり見つからない。奥の手で『大歳時記』(集英社)で調べてみると、平安時代に「とこ世よりかくのこのみを移し植ゑて山ほととぎす時にしぞ聞く」藤原仲実(「山家五番歌合」)、さらに近世に下って、「軒ちかく閨のとこよに匂へとてかくのみ植ゑし庭の橘」籬菊丸(『万代狂歌集』)の二首しか紹介されていなかった。

 詩歌にうたわれるのはもっぱら「花橘」だったようで、「五月まつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の香ぞする」よみ人しらず(『古今集』)という名歌は良く知られるところで、花橘の懐旧的抒情の香とそのロマンが清艶にも芳醇にも深く強く印象づけられた記憶が私にも思い出される。恋多き多感な青春を彩った一首である。
 清少納言の『枕草子』、「木の花は」の段にも橘は登場する。「四月のつごもり五月のついたちの頃ほひ、橘の葉の濃く青きに、花のいと白う咲きたるが、雨うちふりたるつとめてなどは、世になう心あるさまにをかし。(中略)時鳥のよすがとさへ思へばにや、なほさらにいふべうもあらず」と描写されている。橘の香にはなぜかふれず、もっぱら視覚にとらえた、早朝の雨のなかの橘の印象なのだが、濡れた葉の濃い青さと五弁の花の真っ白さとが鮮やかである。「時鳥のよすが」との表現は、王朝のロマンを濃密に感じさせる。


 もう少しポピュラーなものを紹介するなら、


 駿河路や花橘も茶の匂ひ    芭蕉


であろう。駿河から次郎長を連想し、次の歌が出てきた。


 唄は ちゃっきり節 男は次郎長/花はたちばな夏は たちばな 茶のかおり/ちゃっきり ちゃっきり ち ゃっきりよ/きゃあるが鳴くんで 雨ずらよ (北原 白秋「ちゃっきり節」)


 などとも歌われてはいるが、私も含めて「今の世の人は知らずよ花橘」(武定巨口)ではなかろうか。

 

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