続・足裏庵日記(54)  ―未曾有―  中野 中 (美術評論家)


 まさに未曽有である。3月11日午後2時46分、私は銀座2丁目のビル8階で恐怖に陥った。そして一晩のホームレスを体験し、列車とタクシーで31時間ぶりに帰宅。2階の本棚は倒れ本が散乱、足の踏み場もない状況。しかし家族全員の無事を良しとしたが、家族にとっては私の安否が一番の心配事だったらしい。
 帰宅してテレビ、新聞で惨状を知って驚愕した。これはとんでもないことになった。これからが大変なことになる、と。
 

 地震と津波、そして原発からの放射能の漏洩。2週間経った今も、被災地の惨状や生活苦難は言うまでもなく、関東では計画停電と食料やガソリン不足、そして放射能におびえる毎日だ。


 停電はがまんが出来る。余震も頻発して気持ちは悪いが、これもがまんして耐えられる。一番心配なのは放射能の漏洩だ。楽天的にはとてもなれないが腹をくくって耐えるしかない。


 暖衣飽食の限りを尽くしてきたのだから、(あくまで被災地から離れた立場の物言いだが)その酬いとしての耐乏生活は甘んじて受け留めるしかあるまい。食も電気も、自然と科学に丸抱えされ、それを当たり前としてきたことの痛棒だと覚悟するしかない。


 それにしても緊急というか非常事態に直面すると、人間は奇妙なほどに変貌する。昨日まで孤絶だとか無縁社会だと言っていたのに、今は ″つながろう″″みんな一緒だ″″私たちがいるよ″という言葉が雨後の蛙のごとく騒ぎ立ち、″今、私に出来ること″が晴れた暖かい日の花粉のごとく、軽々しく舞い踊っている。挙句、オリンピックでもあるまいに、海外の人々と声を揃えて ″ニッポン、ガンバレ″の大合唱だ。

 昨日までニッポンは怠けていたんだ。だから家が無い、仕事が無い人がゴマンといたのも仕方なかったんだ。みんな怠け者だったんだ、と私には聴こえてくる。

 それにしても一瞬にしてみんないい人になってしまって、何だか気色が悪い。今、私に出来ること。それは節電、買い控え、募金、etc…。TVもラジオも新聞もみんな口を揃えて、その逐一までも案内し、ノウハウを垂れ流している。そして人々は、そうだそうだと相槌を打ち返しながら、TVを切ることもなく、トイレの水は大量に流し、車庫から引っぱりだして洗車を始め、愛車をガソリンスタンドの長蛇の列に参加させ、勢い良くスーパーストアへ駆けさせ、ミネラルウォーターやパン、牛乳、インスタント食品を両手に抱えきれないほど買い占める。なかには傍目もかまわず、何で無いのよと金切り声を張りあげる。そして、


 今、私にできること


を完遂している。


 人間とは矛盾の生きものであると明察したのは誰だったろう。


 人間とは悪意の皿に善意を盛りつける調理人であると言った人はいなかったか。


 利便性と効率性を極限にまで追求してきた果ての耐乏生活はながく続く。他とくらべることはやめて、この辺りで立ち止まってみることもあっていい。

 私はなにもしない。

 

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