折々の眼(57)  画史料性高い「主体美術」震災アンケート 

  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 ことしも余すところ、二ヶ月足らず。国難の二〇一一年は私にとっても散々だった。釜石の叔父夫婦亡くし、その姉にあたる私の母も所沢の実家で永眠した。あたかも自然災害と原発事故による戦後ニッポンの“新たな敗戦”ともいうべき状況は、私の人生のターニングポイントともなっている。これから、どのように生きるべきか。机の前には買い求めたり、送られた大震災と原発関係の写真と活字資料が次々と積まれて行く。そのうち、同じ美術の世界に生きる者としてもっとも注目し、あとあとまで遺したいと思っていたのが、主体美術協会事務局発行の『主体美術』90号である。

 A4判のわずか8ページの小冊子。だが内容的には濃密で、ずっしりと身に応える。公募美術団体の絶対評価基準は、本展の作品レベルにあるのだろうか。もう一つ見逃せないのが、「会報」だろう。それこそが組織全体の性格や現状や方向性を客観的に測る手掛かりとなる。各団体とも内容的にはだいたい、活動や会務報告、受賞談話、会員の状況や動向など、PR的内輪ボメに終始するところが多い。その点、「主体美術」だけは、取り組みがどこまでも真摯で、厳しい。アクチュアルな視点で一貫する。本展直後には反省点を洗い出し、画材研究や展示構成などへの目配りも怠らない。会報が送られることを、私はいつも心待ちにしている。

 

 今号は当然なこととして、全体が東日本大震災特集、といった性格が際立つ。福島の原発事故も、その延長線上の人災として位置づけ、もちろん考察対象としている。〈それぞれの軌跡〉、〈アトリエ雑感〉、〈ART WAVE〉といった実名入りレギュラー・コラムも、今度ばかりは、震災一色に塗りつぶされている。もっとも感動したのが、全ページの半分を占める「東日本大震災に対する会員アンケート」だ。全会員中、80名の回答コメントがぎっしり満載されている。地震発生後、何を感じたか、生活面、精神面で何か変化があったか、復興するためには何ができるかといった三つの質問に対し、実に率直に、日常的に、赤裸々に思うことを述べている。このアンケートが偽りなく、実のあるものになったのは、無署名性にあるだろう。無署名だからこそ、ちょっとはばかれることでも、素直に披瀝できるものだ。とかくこうした国難に至ると、自粛やタブーができ、言論も一方へ傾くきらいがある。そうなると怖い。このアンケートは、そうした陥穽にはまっていないのがよいのではないか。どんな状況に直面しても言論どこまでも自由でなければならず、決して統制されてはならない。「頑張れニッポン人」はいただけない。被災しているのが、ニッポン人だけではないのだ。この国には中国人、韓国人、朝鮮人をはじめ、異なる国籍をもつ人々が多数住んでいる。因みに「主体美術」のアンケートからは、そんな空疎な連呼の響きが聴こえて来ないのが、何よりだった。

 

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