折々の眼(59)  現代の風「墨画7人展」 

  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 水墨画の世界は、考えれば考えるほど不可解だ。公募団体の日本画の世界には「日本画壇」、洋画のそれには「洋画壇」という呼称がある。併せて、「画壇」。ところが、水墨画世界を「水墨画壇」と称する習慣がない。なぜなのか?水墨画は、あくまでも日本画の一部門にすぎないという認識が、水墨画家自ずからの胸の裡にも、未だに燻っているせいではないのか。そうした卑屈な縛りを解き放ち、そろそろ名実共に自立した「水墨画壇」として、一つにまとまる方向性を見出すべきなのではなかろうか。
 水墨画壇でも、日本画壇や洋画壇同様、四季を通し、公募団体展やグループ展が頻繁に催されている。公募団体展の技量的レベルアップを図るには、グループ展が盛んになればなるほどよい。しかし現状のグループ展は、ほとんどが団体展の仲間うちの社交的な展覧会ばかり。とても真価を世に問う、という意気込みと真剣さが感じられない。いわんや所属団体や結社を超えた、超党派というか、横断的グループ展が、きわめて数少ない。その数少ないグループ展の代表格で、私も第一回から欠かさず展観するのが、毎年一回、銀座の地球堂ギャラリーで開催される「墨画7人展」である。
 「墨画7人展」。山本政雄の逝去に伴って無くなったあとのグループ展を引き継ぐような形で、地球堂ギャラリーの要請によって新たに立ち上がった。

 

二〇〇七年のこと。第一回の旗上げメンバーは、鈴木昇岳、永名二委、千葉玄象、根岸嘉一郎、吉見公子、横山近子、伊藤昌。発足が末尾七の年、メンバーも所属の異なる7人で、ダブル・ラッキーのスタートとなる。その後、わずかのメンバーチェンジがあり、ことし第六回展を迎えたわけである。出品は前記の鈴木、永名、千葉、吉見、横山のほか、翠酒湖と佐久間敬が名を連ねている。
 さて今回、日本の抽象水墨をリードする一人である鈴木昇岳は、独自な直面造形もさることながら、壁面と空間との相互関連に着眼するインスタレーション的展示に、いつも特徴がある。墨による重層と質感表現で知られる吉見公子は、具象性の痕跡を微妙に活かす抽象の魅力。本格抽象の横山近子は、常に緊張感の漲る高い技量を示し、安定的に観られる。永名二委は、ともすると限りなく写生に流れる傾向があったが、今回の或る一作は、絵づくりが複雑となり、抽象性を宿して飛躍。形象とカリグラフィーを重層させたような「風の向こう」が光った、翠酒湖。雅号自体も、一幅の画を眺望するようだ。佐久間敬は、デザイン・センスを導入し、新しい水墨に活路を見出そうとする。以上の六人の抽象系に対し、千葉玄象は完全具象で孤塁を守り、それがかえって強いインパクトとなっている。多忙な根岸嘉一郎が、メンバーから抜けたのは甚だ惜しい。
 水墨画に現代の風を。そんな暗黙の合言葉が伝わって来そうな好展だった。

 

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