続・足裏庵日記(60)  ― 自 然 児 ―  中野 中 (美術評論家)


 『アトリエ學林』(隔月刊紙)を毎回楽しみにしている。発行は特定非営利活動法人「子どもの造形美術と学びを考える会」(茨城県取手市)で主筆で代表理事の坂幸子さんと編集の香野昭さんとは、10年ほど前になろうか、新宿の某画廊で初めてお会いしたと記憶しているが、それ以来、送っていただいている。A4判4頁で、内3頁にカラーで子供たちから成人の作品がびっしりたくさん紹介されている。それらの絵をただ眺めているだけで、心楽しくなってくるのだ。
 「描く・つくる・自然観察などをとおして∧學び∨への動機付けを行う」ことを主旨として謳っているアトリエで、4月20日号(通巻64号)には、木に登ってスケッチしている少女のスナップ写真が掲載されている。それだけで私の心は子供のころに戻って、あれやこれや楽しい思いでが蘇ってくる。このアトリエの子どもたちは、自由に、束縛などあまりなく、晴れれば野外をとびまわり、小鳥や虫や草花と戯れ、遊びまわっているのだろう、と勝手に泥だらけになって日の暮れるのも忘れて夢中になっていた自分の思いでと重ねてみたりする。
 冒頭に「創造的想像性を育む―春の輝き―」と題されて「ハルエビという呼び名があると言うクルマエビの透きとおる青、雛ゲシの花が舞う画面。陽の光を様々に写す春の色。子供達は、輝く春を画面に描き広げる。」と小文があり、あとはクルマエビや雛ゲシ、緋寒桜、桜、シクラメンなどをはじめ、おだいりさま、大きな帽子からいろいろな帽子がとびだす絵やテーブルの上の果物や置きもの、たくさんのお面、かとおもえば宇宙のイメージなど、それはそれは様々で、これら幼年長から中3(ほとんど小学生)までに混って大根と人参を描いた成人の絵までが並んでいる。

 キャプションを見なければ、子どもか成人かほとんどわからない。みんな本当に輝いている。
 私は6、7年ほど前に、テレビのバラエティ番組に半年ほどレギュラー出演し、毎週子どもたちの絵を二、三百点見る経験をした。私は格別子ども教育に知見はなく、ただ長く美術界に身を置いてたくさんの絵を見てきただけに過ぎない。でも多くの中から1点を選ぶ仕事は厳しく難しく、でも楽しかった。半年の経験から、子どもの絵に順位をつける無意味さと、絵を描くことの素晴らしさをあらためて感じたことだった。
 それにしても確かに子どもは天才だ。何故天才なのか。おそらく自分に忠実であることだろう。知識で描いていない。自分が見たものを、見えた(感じた)ままに描いているからだ。そしてすばらしい表現は感性の賜なのだ。感性は自然と一体になった日常が育んでくれるのではないか。
 後年大人になっていい絵を描いている人の多くは、どうやらかつて自然児であり、その感性をずっと持ち続けているようだ。
 一度、アトリエ學林を訪ねたいと思いながら、果たしていない。自然を忘れた自分がこわいのだ。

 

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