折々の眼(60)  絵画想像力開発法 

  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 グローバリズムの進展で、人間のロボット化が加速している。もしかしたら、人間が人間であることを証明する最後の砦となるのが、想像力ではなかろうか。とりわけ、美術界にとっては尚更のこと。
 絵画を成立させる要素には、テーマ、線、構図、フォルム、色彩、マティエールなど、いろいろある。そのなかで私がもっとも重視するのが発想、つまり想像力(イマジネーション)だ。勝れた技術の作品には感心しても、感動することがめったにない。現在の評論の仕事から私が手を引けないのも、これまでに観たことがない作品に巡り会いたいといつも期待し、願ってやまないからである。美術界参入まもない頃は、こちらに蓄積の少ない分、観るものどれもこれもが新鮮だった。ところが加齢するにつれ、眼の記憶を積めば積むほど、驚きが次第に遠のきつつある自分に気付き始めた。
 こうして現時点に得た結論といえば、日本の画家の多くが美大や芸大で美術教育を受けているせいか、技術力は確かにある。決定的に不足するのが、想像力ということ。想像力は、芸術表現の根幹部分。個々の資質や感性と深く係わるので、これだけは大学でも教えられないだろう。しかし、まったく打つ手がないわけではない。とりあえずは、二つの方法が考えられる。基礎をマスターしたあとなら、心掛け次第で誰でも実践できる。

 

 その一。どんな展覧会へ行っても、最初に絶対、タイトルやキャプションの類を見ないこと。作品の鑑賞の自由を束縛し、想像力を妨げるだけだから。説明は、研究者や一般向けには有効でも、想像力を開発しなければならない画家には、百害あって一利なし。いきなり作品と真っ新な心理状態で向き合い、自由に感情移入したり、解釈したり、イメージすることにこそ、大きな価値がある。
 その二。私のいわゆる、「球体絵画論」の奨めである。キャンバスのほとんどが、矩形か、正方形。そのキャンバスを必ず球体状にイメージして把え、描くこと。そうすればこれまでのように、垂直や水平の直線に合わせて構図を考える必要が、まったくなくなる。四つの角、上下・左右の位置や重力関係からもすっかり解放され、どこからでも自由自在に描けるようになるだろう。従来のアカデミズム、モダニズムの呪縛から解き放たれると共に、それは無重力画面空間の ″球体絵画″の創造への参入を意味することとなる。
 想像力の稀薄な画家や評論家の考察は、どちらかというと技術論に傾くきらいがある。想像力豊かな画家や評論家なら、思考が技術論を超え、天下国家や国際状勢にまで及ぶだろう。つまり真の絵画作品は、本来的には、哲学や思想に近い表現ジャンルなのだ。したがって絵画の属する芸術とは、世界の動向を左右するほど影響力があるもの。単なる再現的趣味性とはほど遠い、選ばれたジャンルなのである。

 

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