折々の眼(61)  それを仕遂げて 

  ワシオ・トシヒコ(美術評論家)



              

 岩手県出身者の大方の誇り、石川啄木と宮沢賢治。天変地異で国家や社会が混乱するたびに、理想主義的な賢治がクローズアップされ、現実的な啄木が陰にまわるケースが多い。可視の現実に厳しく対峙するより、不可視な理想へ逃げようとする民族性なのか、学政者やマスコミによる一種のマインドコントロールなのか、とても興味深い。怒るより頬笑んでじっと耐えろ、ということなのだろうか。
 ∧こころよく/我にはたらく仕事あれ/それを仕遂げて死なむと思ふ∨。ご存知、石川啄木の歌集『一握の砂』所収作品の一首だ。東日本大震災で釜石の叔父夫婦を喪ない、あとを追うように彼らの姉に当たる所沢在住の私の母も亡くした今、この短歌がときどき、自分の口を突いて出る。人生のゴールが見え隠れし始めた者には、さすがに新たな仕事への欲求が薄くなる。それだけに、「それを仕遂げて死なむと思ふ」というフレーズは、生々しくリアルで、重々しくのしかかってくる。「仕遂げて死なむと思ふ」仕事を現実に残しているからなのだろう。私にとってそれは、あと一冊の詩集とあと一冊の評論集『球体絵画論』の上梓なのである。
 幸い詩集は、「詩と思想」を発行する土曜美術社出版販売から年内に刊行される。五年前に同社から、新・日本現代詩文庫の一冊として『ワシオ・トシヒコ詩集』が刊行された。あれはあくまでも、これまでの軌跡のアンソロジーにすぎない。

 

したがって単行詩集としては四冊目、実に三十五年ぶり。それだけに、美術の仕事に専念した証となるかもしれない。詩集名が、『晴れ、のち∧3・11∨』。晴れた大空のもと、私の撮ったどこまでもフラットに広がる瓦礫の街が表紙カバーとなっている。いささか重苦しいけれど、現実から眼をそらしてはならないというメッセージを籠めたつもり。
 帯文は、こうだ。
 「あの生まれ故郷が今…。大きな悲しみを棒のように呑み込んでしまったせいか、無邪気な笑いをどこか遠くへ置き忘れた感がする。青春とは対極的な ″老春″の机上の妄想や思い込みで遣り過ごしたきのうまでが、まるで嘘のようだ。」
 詩集名を『晴れ、のち∧3・11∨』といくらか奇を衒ったのも、そうした時間の推移の急変による光と影のコントラストに囚われ、自身の記憶の奥底に刻みたかったからにほかならない。作品は、短い詩がほとんど。決して世に問おうとするほどのものではない。東日本大震災前までと、直後についてのささやかな、私なりの内面の記録にすぎない。
 熟年の読者の皆さん、あなたにとって「それを仕遂げて死なむと思ふ」仕事とは、いったい何ですか。美術家なら、作品集の上梓でしょうか。個展は一過性のもの、人々の記憶から消え去るのが速い。作品集なら、どこかで後世まで伝えられる可能性がある。

 

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