続・足裏庵日記(62)  ― みすずかる―  中野 中 (美術評論家)


 〈みすずかる〉は、信濃の国(長野県)の枕詞で、すでに日本書記に見られるという。みすず、のみは接頭語で、尊敬の意を表すというよりは、美称であり、あるいは語調を整える用い方であろう。ところがすずがよく分らない。漢字では水篶刈る・三篶刈るとなり、篠竹のことだという。すずたけが信濃に多く産するところから、信濃にかかる枕詞になった。以上、がぼんやりと私が知るともなく知っていたところである。ただ〈みすずかる〉という言葉の響きが軽やかで明るく、かつ爽涼感があって好きなのである。
 そんなことを居酒屋で話題にしていたところ、モノシリヤともウンチクヤとも必ず一言あるウルサガタとも言われる一人が、それは一応定説だが、何ということはない。近世に万葉集の「水薦刈る」を間違えて読んだことからなんだ、という説を開陳して、その場の雰囲気は瞬時に盛り下がってしまった。しかし、いかにもありそうな説ではある。
 では「信濃」の国の名の由来は何なのだろう、との疑問が自然と湧いてくる。
 司馬遼太郎の『街道をゆく』9(朝日新聞社刊)に次のようにある。それを借りながら私見を交える。
 誰もがすでに気付いているように、信濃には科のつく地名が多くある。思いつくまま挙げても埴科、更科、蓼科、立科、穂科、倉科etc、といったぐあいで、『日本書紀』の中でも「科野国」という文字を当てている。ここに先ほどふれた「みすずかる」が枕詞として登場する。が「科」が何を意味するのかについては定説がないようだ。

 本居宣長は『古事記伝』の中で、この科は信州に多く自生している樹木であるとした。この木は上代人が布の繊維をとった栲の木のことだとするが、栲という木を何故わざわざシナというのかについては、よくわからない。
 また別の説もある。シナというのは上代の普通名詞であり、階段、もしくは層をなして重なった形態をいう。『時代別国語大辞典』の上代編にそのように出ている。信州は日本の脊梁山脈が通っていて、大小の山岳が重畳としている。その山と山のあいだに「平」と呼ばれる大小いくつもの野がある。例えば、善光寺平、佐久平、松本平、etc。そういう立体と平面の組み合せ、もしくは立体の中の断層的な平面の形態をシナといい、全体をシナノと呼ぶようになったという。しかしこの説は、絵画的立体空間がイメージされて私的に好ましいが、どうにも理が勝ちすぎている。が理屈っぽいとされる長野県人には似合っている気もしないではない。
 シナは単に「坂」のことだという説もある。これは単純明快だが、拠典がない。
 以上、いささかわずらわしいまでにこだわったのは、私が信州人ゆえであるからかも知れない。
 とまれ風土について書こうとしたが既に余幅がない。いずれにせよ、地域格差が広がる一方、地域色が薄れつつある今日、自分の風土とアンデンティティに思いを到すのである。

 

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