続・足裏庵日記(63)  ― 愁 思―  中野 中 (美術評論家)


 霜降の陶ものつくる翁かな/蛇笏
 二十四節気の一つの霜降の日に、所用があって長野に出かけ、真田藩のお膝元の松代に一泊した。翌日は秋晴れに恵まれ、前日の雨に洗われた紅葉が鮮やかに照り映え、北信五岳(北から南へ斑尾、妙a、黒姫、戸隠、飯綱)も、遥か彼方の北アルプス連山も雪に白くおおわれて、紅葉と一対の好対照をみせてくれた。
 見る人もなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり/紀貫之(古今集)
 秋といえば侘びしさだが、もう少し文学的に言うなら、変化し衰えゆく感じとともに清爽感が秋の風情であろう。しかし『懐風藻』の詩などを読めば、すでに悲哀感が詠じられ、『古今集』以降では悲哀感と清爽感が秋の感触の中心となってくる。それが連歌や俳諧にも受け継がれ、室町末期には「ものさびしくあはれなる体、秋の本意なり」
(『至宝抄』)、良く知られた芭蕉の「この秋は何で年よる雲に鳥」(笈日記)と深められていった。
 近代になると、秋の季節感の受けとめ方も個性的になってくる。
 くろがねの秋の風鈴鳴りにけり/蛇笏
 秋の航一大紺円盤の中/草田男
 焼跡の煉瓦のうへに、/小便をすれば、しみじみ、/秋の気がする。土岐善麿
 こんな句や詩が私の雑記帳に書き抜きされている。蛇笏の厳しい凛冽感、草田男の壮大な清爽感、善麿の都会人的悲哀感といったところか。
 まだまだ好きな歌や句がある。

 春はただ花の一重に咲くばかり物のあはれは秋ぞまされる/よみ人しらず『拾遺集』
 雲やどる秋の山寺灯ともれり/正岡子規
 雲よりも白し浅間の秋けむり/永井龍男
 秋はもののひとりひとりぞをかしけれ空ゆく風もまたひとりなり/牧水
 いくらあげても切りがない。次へ進もう。
 さて、紅葉である。
 わが家の小庭は手入れも行き届かぬままに荒れ放題であるが、それで楓はきれいに色づいている他は、しろみずきは病葉同然であり満天星は時季はずれの刈り込みがたたって見るも無惨だ。もう少し耽美的にまいろう。
 『万葉集』巻一を繙くと額田王のいわゆる春秋問答歌の題詞に「春山の万花の艶と秋山の千葉の彩とを競ひ憐れびしめたまふ時に」に続いて「…春さり来れば…花も咲けれど、山を茂み、入りても取らず、草深み、取りても見ず、秋山の、木の葉を見ては、黄葉をば、取りてそ偲ふ」とある。紅葉の美を秋の季節の風趣として観照する態度がすでに上代において熟していたということだ。
 とくに楓の紅葉が際立って美しいことから「紅葉」と「楓」は同義的に使われるが、いかにも絵巻物をはじめ大和絵の景物として、また近・現代においてもこれを画材とする数々の名作が制作され、衣装や工芸品の装飾、和菓子の文様にまでなり、それほどに私たちの美意識に深く浸透していることをあらためて思うのである。あゝ、もみじ饅頭が食いてェ〜

 

topページへ
2002〜2010 essayへ