続・足裏庵日記(66)  ― 単一表現―  中野 中 (美術評論家)


 ―富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらい、けれども、陸軍の実測図によって東西および南北に断面図を作ってみると、東西縦断は頂角百二十四度となり、南北は百十七度である。…北斎にいたっては、その頂角、ほとんど三十度くらい、エッフェル鉄塔のような富士さえ描いている。―
 『富嶽百景』でこう書きだした太宰治は、続いて、
 ―けれども、実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと広がり、…決して、秀抜の、すらと高い山ではない。―
 とくさし、なおも、
 ―たとえば私が、印度かどこかの国から、突然、鷲にさらわれ、すとんと日本の沼津あたりの海岸に落とされて、ふと、この山を見つけても、そんなに驚嘆しないだろう。ニッポンのフジヤマを、あらかじめ憧れているからこそ、ワンダフルなのであって、そうでなくて、そのような俗な宣伝を、一さい知らず、素朴な、純粋の、うつろな心に、果して、どれだけ訴え得るか、そのことになると、多少、心細い山である。―
 と続くのである。なおも、
 ―東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はっきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線にちょこんと出ていて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。―
 御坂峠(山梨県南都留郡と笛吹市の境)の茶屋に3か月ほど逗留しての見聞を綴っているのだが、

 ―当分その茶屋に落ちつくことになって、それから、毎日、いやでも富士と真正面から、向き合っていなければならなくなった。…ここから見た富士は、むかしから富士三景の一つにかぞえられているのだそうであるが、私はあまり好かなおあつらいむきの富士である。まんなかに富士があって、その下に河口湖が白くひとめ見て、狼狽し、顔を風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも註文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった。―
 ところが、冬の兆しが迫った朝、宿の娘のかん高い声で目を覚ます。
 ―見ると、雪。はっと思った。富士に雪が降ったのだ。山頂が、まっしろに、光りかがやいていた。―
 そして思わず〈いいね。〉とつぶやくのだ。あるいは夜の散歩で見た月下の富士にも印象をあらたにするようになっていく。そんな折、バスにゆられながらぼんやり富士を眺めていると、となりの老婆が、おや、月見草、とつぶやく。そして、〈富士には月見草がよく似合う〉の良く知られたフレーズが生まれた。
 三七七八。の富士と立派に対峙し、みじんもゆるがず、けなげにすっくと立つ月見草。
 ―素朴な、自然のもの、従って簡潔な鮮明なもの、そいつをさっと一挙動で掴まえて、そのままに紙にうつしとること、それよりほかにはない…―
 ここに太宰の美意識、つまり『単一表現』の美が凝縮されている。
 富士が世界遺産になる。

 

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