続・足裏庵日記(67)  ―漱石の美世界―  中野 中 (美術評論家)


 太宰治の美意に触れたなら、夏目漱石(1867〜1916)を見過ごすわけにはいかない。
 漱石の美術世界は、自身が好んで描いた南画山水にも表れている。漢詩の優れた素養を背景に描かれた、文字通りの文人画を読み解けば、彼の理想の境地が探れそうである。
 また、小説の中でもしばしば美術作品が登場する。それは日本美術ばかりでなく、留学時代に知見を得たイギリスをはじめ.西洋美術にも造詣が深いことはよく知られている。
 「あの松を見給え、幹が真直すぐで、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」と赤シヤツが野だにいうと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合つたらありませんね。ターナーそくりですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから、黙つていた。「すると野だが、どうです教頭、是からあの島をターナー島と名づけ様じやありませんかと余計な発議をした。赤シヤツはそいつは面白い、吾々は是からさう云はうと賛成した。此吾々のうちにおれも這入つてるなら迷惑だ。おれには青島で沢山だ。あの岩の上に、どうです、ラフハエル(筆者注・ラファエロ)のマドンナを置いちや。いゝ画が出来ますぜと野だが云と、マドンナの話はよさうぢやないかホゝゝゝと赤シヤツが気味の悪るい笑ひ方をした。」
 以上はご存知『坊ちゃん』からである。

 『それから』には青木繁の(わだつみのいろこの宮)が登場する。「いつかの展覧会に青木という人が海の底に立っている脊の高い女を画いた。代助は多くの出品のうちで、あれだけが好い気持に出来ていると思つた。つまり、自分もああいう沈んだ落ち付いた情調におりたかつたからである。」
 『三四郎』ではジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの(人魚)が登場する。
 「『ちょっと御覧なさい』と美祢子が小さな声でいう。三四郎は及び腰になって画帖の上へ顔を出した。美祢子の髪で香水の匂がする。
 画はマーメイドの図である。裸体の女の腰から下が魚になつて、魚の胴が、ぐるりと腰を廻つて、向う側に尾だけ出ている。女は長い髪を櫛で梳きながら、梳き余つたのを手に受けながら、こつちを向いている。背景は広い海である。…』
 引用した作品を正確に紹介している。
 『吾輩ハ猫デアル』で主人が古美術品の鑑定をしたり、冒頭から15世紀イタリアの画家アンドレア・デル・サルトが登場して話題の中心となっており.それどころかレオナルド・ダ・ヴィンチ、レンブラント、スタンラン、先ほども登場したラファエロ、また狩野元信、与謝蕪村など古今東西の画家が登場してくる。『草枕』では若冲の鶴図が、『門』では酒井抱一の(月に秋草図屏風)が登場する。あらためて拾い出すと次から次である。美術を気にしながらの再読は如何だろうか。小説の意味合いがぐっと深くなるかも知れない。次回で漱石の文展評にふれたい。

 

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