今月の課題 「パティシエ・杉野英実」  編集主幹 松原 清

 

 1月は「いぬ(帰る意)」、2月は「逃げる」とはよく云ったもので、正月気分が抜けないうちに月が替わってしまった。この調子だと20周年のイベントの6月はあっというまに来てしまいそうで、気を引き締めなければと思う。年明け早々にライブドアのホリエモンこと、堀江貴文社長の逮捕が報じられ、株式市場を直撃。大混乱で、ヒューザーなどマンション耐震強度偽装事件を覆い隠してしまった感がある。「金があれば何でもできる」と言う、正に拝金主義がこの国をかっ歩していると思うと寒けがしてしまう。  
  そんな思いの中、NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」という番組を偶然見た。確か、1月24日であったと記憶しているが、パティシエ・杉野英実が登場していた。辛党の私にとって、お菓子づくりの世界は全くの門外漢で、杉野英実という名前もお菓子の世界コンクール「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・パティスリー」というものがあり、杉野氏が日本チームリーダーとして参加し、日本人初のグランプリを受賞したこともその時初めて知った。しかし、番組が進むにつれ興味が湧いてきたのである。発言する言葉に重みがある、そう思った。やはり、プロはこうでなきゃならないと。一番私の心に響いたのは、「あたりまえを積み重ねると特別 になる」という言葉であった。彼は、「味を飛躍的に高めるための裏技などない」と言い切る。 「素材を一つ一つ検品すること、お菓子の焼き時間を秒単位で守ること、お菓子に染み込ませるお酒の量 をグラ

 

ム単位で守ること、隠し味に使うショウガを2ミリに切りそろえること。言葉にすると、どれもあたり前のこと。しかし、毎日数百ものお菓子を作り続ける厨房で、ひとつも手を抜かずに完璧に貫けるかどうか。それが一番むずかしい。」と。また、彼の得意なチョコレートムースについて、「素材の吟味はもちろんだが、重要なのは温度管理。その日の室温や湿度によって微妙に変わる「適温」を、チョコレートの粘り気だけで判断する。最高の状態は一瞬。それを逃すと、客に出せるものにはならない。」と語る。実際に作っているところが放映されたが、これはまさに技術と勘が体に刷込まれている世界で、いわゆる名人の域。食の芸術はこうした名人の域に入れた人が、更に試行錯誤の努力を重ねて、はじめて新しいレシピを創り出せ得るのだということを改めて思った。人が食べたことがないもので感動を与える新しい味をどう生み出すのか、という創作の世界は、他の芸術の世界と全く同じではないか。そうした創作で発想が行き詰まったとき、彼は日常の作業に没頭する。犯罪捜査の決まり文句ではないが、「答えは現場にある」というのだ。あたり前の仕事をあたり前に繰り返す。そのなかで、今、何が一番大切かを見つめなおす。絵画でいえば模写 、デッサン、エスキース。書では臨書に相当するといえるだろうか。  
  「特別になる」とは‥‥その意は深い。


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