夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円
今月の課題 「絵金祭り」2   編集主幹 松原 清
 絵金が贋作事件で追放されたのは弘化一年(1844年)で、その2年前の天保12年に天保の改革が始まり倹約令が発布されていた。当時の庶民の最大の娯楽は芝居と相撲で、それらはともに神社に奉納される祭礼行事でもあった。そのうちの芝居が禁じられたため、人々は芝居絵の絵馬提灯を奉納するようになっていた。  
  見事な出来栄えを知った赤岡の各町衆は芝居絵奉納の絵を競うように絵金に依頼したのである。絵金はその芝居絵を二メートル四方の二曲一双屏風に仕立てて、「でいえ」と呼ばれる上質の泥絵の具で描いた。強烈な赤・青・黄の三原色に緑と茶、墨も深緑の銘墨を使い、白も上質の胡粉が用いられた。また、絵金の赤色は細かな粒子の顔料から作られ、風雨に晒されても変色しないほどの強度があり、「血赤」と呼ばれる。特に須留田八幡宮の氏子である赤岡の町方の高栄組と郷方の鍛冶屋組のあいだでは、芝居を奉納した名残のように、より素晴らしい芝居絵屏風で勝った方が、その年の豊饒を約束されるという決め事を作って「絵競べ」をやった。須留田八幡宮と立仙神社に奉納された芝居絵屏風は、そのあと赤岡の宮祭り(7月14日)に商家の軒先に並べられるようになったのである。宵祭りの闇に百貫目蝋燭に照らし出され、その前で義太夫が三味線を弾いて語ったという。 
  これはまさしく江戸時代末期から続くストリートギャラリーである。現存する赤岡町の芝居絵屏風は「浮世柄比翼稲妻 鈴ケ森」、「鎌倉三代記 三浦別 れ」、「芦屋
道満大内鏡 葛の葉子別れ」、「勢州阿漕浦平次住家」、「源平布引滝 松浪検校琵琶の段」、「花上野誉石碑 志度寺」、「花衣いろは縁起」、「菅原伝授手習鑑 寺子屋」、「伊達競阿国戯場 累」、「木下蔭狭間合戦 石川五右衛門」、「伽羅先代萩 御殿」、「蝶花形名歌島台 小坂部館」、「東山桜荘子 佐倉宗吾子別 れ」、「菅原伝授手習鑑 寺子屋(よだれくり)」、「播州皿屋敷 鉄山下屋敷」、「楠昔噺 徳大夫住家」、「競伊勢物語 春日野の里小芳住家」、「忠臣二度目清書 寺岡切腹」、「義経千本桜 鮓屋」、「蝶花形名歌島台 小坂部館」(同題)、「八百屋お七歌祭文 吉祥寺」、「伊賀越道中双六 岡崎」の22点におよぶ。しかし、長年の雨ざらし展示と各商家の個別 保存で傷みがすすんできたため、町で「絵金蔵」を建てて一括保存されることとなった。7月第三週の土曜と日曜に年に一度蔵から目覚め、商店街の軒先に「絵金祭り」として飾られるようになったのは昭和52年からである。絵金蔵の前では、冷房もない倉庫をステージにした子供歌舞伎が上演されている。その雰囲気が何故か合う。軒下に飾られた芝居絵屏風の中、「花衣いろは縁起」に足が止まった。子供が鷲に攫われるという構図を他で最近観たからだ。Tさんも同じ思いをもったらしい。『ドレスデン国立美術館展』のレンブラントの「ガニュメデスの誘惑」と後で確認したが、芝居絵屏風のほうがはるかに迫力があった。                     (続く)

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今月の課題