夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円
今月の課題 「 トルコへの旅 」  編集主幹 松原 清

 トルコと日本の関係を日本人はどれほど知っているだろうか。  
  実はこの7月半ばに1週間ほどトルコを巡って来たのだが、前々から一度シルクロードの終焉地イスタンブールを訪ねたいと思っていたからで、どうせ行くなら雑誌やテレビ等で幾度となく目にしていたカッパドキアも立ち寄ってみたいと思い、あまり予備知識も仕入れずにお任せコースのツアーに参加したのである。コースは、関空からドーハ(カタール国)経由で先ずイスタンブールに入り、世界遺産のスルタン・アフメットモスク(通 称ブルーモスク)を見学後、寝台特急で首都のアンカラまで行き、そこからはずっとバスの旅。観光バスに乗り換え、カッパドキアま で走り見学後泊。 翌日シルクロードの宿場キャラバンサライ、コンヤ(セルジュークトルコの栄華を伝える町)でメヴレヴィー教団の本拠地を見学し、世界遺産となっている白い石灰棚の温泉地「パムッカレ」まで走り泊。翌朝パムッカレ見学後、エーゲ海に面 したローマ時代の遺跡エフェスの観光、海岸のリゾート地アイワルク泊。次の日はバスをひた走らせトロイ観光。後ダーダネルス海峡を渡りイスタンブールへ戻り、キリスト教会として建てられたアヤ・ソフィアを見学。夜ベリーダンス・ディナーショウ後泊。最終日はトプカプ宮殿、バザール見学後ドーハ経由で帰国。という日程であった。旅行社から届いた予定表には列車、バスでどれほどの距離を何時間ほどかけて移動するかは一切書かれていない。実に予備知識不足も甚だしく、

5日間の走破距離はなんと2700キロ。1日平均540キロであり、トルコ半周の大移動旅行であった。  
  初めは、車窓から見える景色を楽しんでいたものの、朝5時半にモーニングコール、7時出発の毎日。バスは2日目からはほぼ全員が居眠りの場所と変わった。見学時間は1〜2時間、後はすべて移動・休憩時間である。満足にじっくりと景観を楽しんだり、現地の人々とのやりとりをしたりする暇もない。見学地を少なくしてでもいいから連泊のあるツアーを何故選ばなかったのかと悔やんだ。  しかし、帰国してしばらく経つと少し思いが変わった。「よくぞ頑張って巡った」との気持ちが強くなった。1〜2時間でも現地に立って、現地の空気を吸ってきた思いの強さが、改めてどんな所であったかという向学心を刺激させてくれる。「トルコは何故か日本贔屓らしい」という曖昧な知識で、中近東の一角であるものの、テロをあまり心配する必要もないという気持ちだったが、とんでもない間違いで、入管の審査は厳しく靴まで脱がされる。周りをアラブ諸国に囲まれているという意識を再確認させられた。で、トルコと日本の関係は1890年(明治23年)のエルトゥール号遭難の悲劇に始まる。トルコ皇帝が日本に派遣した特使一行を乗せたエルトゥール号が帰路、和歌山沖で暴風雨に遭い沈没するという事故が起き、台風の中、串本の漁師達が命がけで救済に駆けつけたのである。           続く

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