夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円
今月の課題 「 トルコへの旅 (3)」  編集主幹 松原 清

 現在のトルコは、実はアラビア語圏に入っていないということを知っている日本人はどれほどいるだろう。私自身、トルコ語が第1次世界大戦後に新しく作られたものだということを現地で初めて聞いた。その改革は、トルコ共和国の創設者であり1923年に初代大統領となったムスタファ・ケマルによって成し遂げられた8つの大改革のひとつで、「教育の基礎は読み書きの簡潔さである。そのためにはラテンアルファベットをもとにした新しいトルコアルファベットが必要である。」という信念のもとに断行されたという。1928年それまで千年間も使われていたアラビア語がラテンアルファベットに置き換えられた。他の7つの改革を簡略に記すが、すべての国民は法のもとでの平等を謳い、非宗教法律体系を確立した「法律の改革」、宗教は個人の倫理とした自由思想に伴う、イスラム暦から西洋歴への変更と全国民が苗字を持つ 「社会の改革」、 GNPを5倍にする「経済の改革」、一夫多妻制を廃止し女性の参政権・男女同権を確立した「女性の地位 の改革」、男女共学・非宗教的教育を基底に小学校を義務教育とし、大学院までの授業料無料制度を確立した「教育の改革」、文化は国の基礎、人間を育む基本的なものと位 置づけた古代遺物の保護・研究、博物館や文化施設の建設、芸術家の育成を掲げた「文化と芸術の改革」、そして最後が平和への志向で、「内に平和、外(世界)に平和」を唱え、かつての敵国を含む多くの国々と友好条約、協約を結んだ。トルコ国民は、彼をアタチュルク(トルコ語でリーダーという意)と呼び、毎年10月29日の独立記念日と11月10日。  

のアタチュルク逝去の日 には彼を讚える数々の式典が今も実施されている。

 これらの話しは、イスタンブールの現地ガイドから断片的に聞いてはいたが、帰国後調べてみて改めて驚いた。第1次世界大戦では日本は日英同盟の関係で連合国側につき、トルコはドイツ、オーストリア、イタリアの中央同盟として参加し、表面 的に敵国となっていたが、直接の戦闘行為はなく、共にロシアの脅威を依然受けていたため、オスマントルコ時代の友好意識は継続していたと思われる。アタチュルクの平和方針は1938年の彼の死後も貫かれ、第2次世界大戦のなかトルコは中立を宣言し参戦を免れており、トルコの日本に対する友好意識は少なからず今も潜在的にあるといえる。覚えておられるだろうか、1985年のイラク・イラン戦争の折り、フセインが「今から48時間後に領空を飛ぶ飛行機を無条件で撃墜する」と宣言した。日本政府の対応が遅れ、215名の日本人が取り残され救出不可能となった時、トルコの特別 機2機がテヘラン空港に到着し、タイムリミットの1時間15分前全員を救出したことを。その快挙を「エルトゥール号の借りを返しただけです」と当時のトルコ外交筋はさらりと答えたという。  

 安倍内閣の体たらく、議員・官僚の情けない仕事ぶりの日本の現状と重ね合わすと尚更にその凄さを思った次第である。                 (了)


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