夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円
今月の課題 「 師走に思う 」  編集主幹 松原 清

 2007年も師走となった。慌ただしさの中に今年も暮れようとしているが、全美も例年どおり12月中に新年号を編集発刊するため猫の手も借りたいほどの錯綜状態にある。物事をきっちりとひとつひとつ片づけていける几帳面 さが私にあれば、もっとスムーズに事は運ぶと思うも、ぎりぎりにならないと原稿に取り掛かれない意志の弱さというか、20数年間ですっかり身についてしまった原稿に取り組むスタンスは如何ともしがたくスタッフ、印刷会社をやきもきさせている。それでもどうにか続けられてきたのは、美術に携わる喜びがあるからで、見る立場でいかに今に生きる美術の実態を知り、文化としてどう伝えていくかという一端を担っているというささやかな自負を継続したいからでもある。生まれてきたからには何か自分がこの時代に生きた証を残したい。大上段に振りかぶって言うのは憚れるが、仕事の根底にそうしたものがなければつまらないと思うのである。  

  その点、作家には作品が残る。私も一時期絵描きの真似事をしたことがあったが、余暇で絵を描く程度では到底絵画の深奥はつかめないと思い知った。やはり真の作家たらんと日々努力している人は凄いと思う。もちろん最終的にはセンスがあるかないかが、決め手になるが、センスだけあっても努力を怠れば大成しないのはあたり前で、経済的に裕福になることでかつての「真の作家たらん」の思いを放棄してしまっているとしか思えないかつての「新鋭作

家」を見るにつけ、人間は本当に弱いものだなぁと思ってしまう。人間誰しも欲望はある。しかし、先ず「立身」を全うする心ある人でありつづけたいと思う。名誉・権力・経済はその後についてくるものと信じたい。政治家はその最たるもので、時代に責任を持たねばならないという意識の強い人でなければならないのに、そのような政治家がなかなか見当たらない。自分本位 で、国民、住民のことは2の次、3の次。世界的にみても京都議定書の重要性を国益にすり替えて将来のことを考えない政治家が少なからずいる。日本は、世界はどうなっていくのだろうと思うと不安で一杯、心の暗雲は一向に晴れない。時代に責任を持つなど、とてつもなく大きいことと思えるが、実は美術の団体もまたその責任を負っているのである。文化は与えられるものでなく培っていくものだからである。その時代その時代に残るような作家を如何に育てていくか、そこが重要だ。  

  とりとめないことを師走に綴ってしまったが、年初めにもっと「哲学書」を読まなければと記しながら、一向に実現していない私自身がいるが、デカンショ節のデカンショが実は「デカルト、カント、ショウペンハウエル」をもじったものだと云うことを最近知った。丹波篠山の民謡をベースとして明治31年頃一高の水泳部から全国の学生に広がったとあった。デカンショではないが、思考する根源を探ってみるのは大変重要なことと考えている。


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