夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円
今月の課題 「 創作とイマジネーション 」  編集主幹 松原 清

 創作とは何か。ゴッホが自殺する直前まで追い求めたもの、ゴーギャンがタヒチで描こうとしたもの、また、応挙が、北斎が描こううとしたものを指すのだろうか。また、バッハや、ベートーベンなどの音楽家が目指したもの、あるいはトルストイや川端康成の世界、ガウディのサグラダ・ファミリアなどがその代表的な範疇に入ることに、人々は何の疑問も抱かないだろう。  
  「創作」とは、広辞苑によると1、はじめてつくること。創造。2、芸術的感興を文芸・絵画・音楽などの芸術作品として独創的に表現すること。また、その表現された作品。3、つくりごと。うそ。とある。前言の例は芸術面 であるが、文明的な発明も創作であり、人類の飛躍的進化を促した「車輪」、「紙」の発明はもちろんのこと、小説の空想世界でしかなかった「電話」、「潜水艦」、「ロケット・宇宙船」も一種絵空事を現実の世界に登場させた創作物であろう。世の中に新しい大いなる意義をもつこれらの創作物を創りだす人間の原動力はどこからくるのであろうか。  
  それは「イマジネーション」のなせる技だと思う。こんなものを創ってみたい、という頭の中に浮かんだもの(想像イメージ)がなければ創作活動は絶対にスタートしないからである。そのイメージも、仕事を進めるうちにぼんやりしたものから確信に近い明瞭なものになり作品として世に送りだされるケースもあるだろうし、イメージを表現する技術が追いつかず、イメージに到達できずに断念することもあるだろう。芸術作品についていえば、作家自らの感動力の限界をどこまで深く、大きくさせることが出来る

かが一番大切なことで、内なる情報が熟成され特化されなければイメージ自体も貧困なものになってしまうからである。それが貧困ではたとえ作品として生まれても、人々に感動を与えることは到底できない。では、イマジネーションはどのように生まれ出るのだろう。  
  私たち日本人は、日本語で思考してこれまでの歴史を綴ってきた。これは代々祖先から受け継がれたDNAの中に恐らく潜在記憶となって残っていると筆者は思っているが、言葉は文字が使われるはるか昔から存在し、日本人の価値観をつくりあげてきた訳である。紀元前5000年から1500年も続く三内丸 山遺跡の発見は、 縄文時代に花を愛でる豊かな自然観と、亡骸に哀悼する清浄志向をもった戦争のない文明を築いていた証であるし、そうした日本古来の心が日本文化の根底に流れているからこそ、技術は中国や外国から輸入はしたが、その意味・解釈に日本的思想(自然信仰と清浄志向)が加わり、奈良、平安、鎌倉、江戸と日本独自といってよい伝統芸術が産まれ、その芸術を愛し育ててきたと言えるのではあるまいか。日本人は自然と人の心を重ねた精神世界を書き物とし、歌に詠み、絵に残してきたのである。それが平成になり、バブルが弾け、いよいよ言葉が乱れ、思考回路が変わりつつあるように思うのだが…。(続)           


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