夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円
今月の課題 「 創作とイマジネーション(2) 」  編集主幹 松原 清

 明治〜平成と約140年間が経過したが、芸術(美術)はどのように変化してきたのだろうか。明治の後には大正デモクラシーが花咲いた。自由主義を謳歌し、理想主義、人道主義、個人主義的な作品が多く生まれたが、その中心的な活動を担っていたのが「白樺派」である。武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、木下利玄、柳宗悦、中川一政、梅原龍三郎、児島喜久雄らがいるが、雑誌「白樺」が学習院の学生達で創刊された経緯から、学習院出身者の上流階級に属する作家達が多くをしめる。同窓、同年代の作家がまとまって芸術分野にリーダー的存在として出現した例は、明治以降現在までない。こうした自由主義の芸術活動が生まれた背景は、日露戦争の勝利による富裕層の台頭と思想規制の緩和であろう。「白樺」は、「遊情の徒」の雑誌として学習院では禁書にされていたが、世間では望まれる風潮にあったといえる。西欧の芸術にも関心をもち、すすんでその表現を取り入れた。昭和に入ると、軍部の台頭が新たな芸術活動を興す。プロレタリア文学である。抑圧された状況下における真の人間としての有りようを問うという純粋な人間解放運動の思想が、マルクス主義と結びつくのである。文学の左翼化に伴い絵画・芸術もその傾向に流れるのは必然といえよう。しかし、統制が厳しくなると多くの作家は創造とイマジネーションの世界を自ら閉ざしてしまう。保全の世界に生きざるを得なくなるのである。

 随分と前置きが長くなったが、イズムや思想が世間的基流にある場合、それに合致した作家はその流れの中で比較

的自由に創作に専念しやすい。しかし、現在のようにイズムが崩壊し、無思想ともいえる世間の実態の中、 作家は何を信じ、何を目的に制作活動を続けていくのか見えにくい状況下にあることは確かである。そんな時こそ創作の原点に還らなければならない。好きで始めたことである。絵が好きで、書が好きで。こんな絵が描きたい、こんな書表現をしてみたい。彫刻も工芸も音楽も小説もみんな同じである。いろんな団体があり、作品発表の場として極めて重要な要素を占める一方、その中で競い合いながら自分を研く、日本の作家の大部分がこうした制作スタイルを取っていると思うが、結局のところ作家は個に戻る。いろんな物に影響を受けながら、自分の考え、思いを一つの作品に収斂 する。誰も助けてはくれない。現実の世界の外側に自分自身の創造の世界を描こうともがく。創作とは「つくりごと、うそ」の世界でもあるのだ。イメージの希薄さは感動の希薄と思考の希薄に比例する。蘊蓄が深ければそれだけの深い世界が期待できる。ある意味そのことは時代が変わっても同じだと思う。  では、今は何が違うのか。それは豊さの中での甘えが大手を振って歩いているからだ。とことん勉強したり、研究したりしなくなった。「創作とイマジネーション」は切っても切れない関係にあるが、それを生み出す原動力は「こんなものを創りたい」と真摯に取り組む心である。                (了)


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今月の課題