夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「事務所移転」  編集主幹 松原 清

 長年本社として頑張ってきました神戸市中央区中町通4丁目の事務所(JR神戸駅から5分)を、平成22年新年号(21年年末発行)より神戸市中央区御幸通3丁目1番21-1015号(JR三宮駅から7分)に移転することとなりました。そごう西側徒歩5分で、JRはもとより阪急、阪神、市地下鉄(新幹線新神戸まで一駅)、神戸空港に直結しているポートライナーの駅が集結しており、交通環境はきわめて便利となります。事務所は約60Fで現在の2倍強となり、これまでシャワーもなく手狭で仮眠も出来なかった環境からようやく開放されます。12月中までの仕事は現在の事務所で頑張りますが、途中引っ越し作業も段階的にする必要もあり、何かと気忙しい年末となりそうです。新事務所で心機一転更なる紙面の充実を目指しますのでご支援頂けますようお願い申し上げます。


 本紙全日本美術を神戸の地で発刊を始めたのは昭和61年4月からです。全日本美術の前身は、昭和23年に毎日新聞社大阪本社を退職された中尾氏が創刊した『新日本美術』で、その後、昭和50年頃に産経新聞社の美術記者であった尾関文穂氏が書道を加えて『全日本美術』に改称し岡山で発行を続けてこられましたが、病気療養のため断念。縁あって筆者が引き継ぐこととなり神戸に本社を移しました。当時の苦労を懐かしく思い出しますが、潤沢な資金もないなか事務所探しから神戸全美の第一歩が始まりました。

 

しかし、安価で立地条件の良いところなどそう簡単に見つかりません。いろいろ検討した結果、神戸市中央区の西端にある中町通りの小さい4階建てのビルの4階を借り受けることになりました。8坪(約25F)のこじんまりとした一部屋だけの事務所で、エレベーターなど無論ありません。机等の事務機材は岡山の物を流用させてもらい、事務所としての体裁が整ったのが底冷えのする昭和60年の12月でした。

 それから24年、いったいどれほど4階までの階段を往復したことになるでしょう。当初は資料もあまりなく、狭さも気になりませんでしたが、年々増加する図録、書籍類。事務所が一杯になる度に住居に移動していましたが、最近は住居に収まらなくなり徳島の実家に運ぶという状態で必要資料が手元にないという状況もしばしば。加えて、築40年以上の現実も顕著化してきていました。14年前の阪神大震災にも耐え倒壊を免れたものの、そのダメージが漏水というかたちで現れだしたことと、ケーブル関係(配管に余裕ない)で光ファイバーがひけないことが今後のネックになると思い始めたのです。


 エレベーターもなく、レトロで時代遅れの事務所でしたが、なぜか離れがたい趣がありました。何と言っても全美の24年間の歴史がそこに詰まっているからです。しかし、原稿も手書きからいつの間にかパソコンでの入力に変わりました。割り付作業、印刷会社とのやり取りもまた然りです。編集環境もそこに携わる人も変化が求められています。常に前向きで進み続けます。

 


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