夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「忙中閑の長谷川等伯展」  編集主幹 松原 清

 4月は、当初天候が不順で寒暖の差が激しく、そのため桜の開花期間が長く感じられたが、冷たい雨に散りそびれた桜の花びらは次第に色あせてしまって遅い花見としゃれ込むにはもはや風情がないと、結局今年も花見はお預けとなってしまった。桜はあでやかな時に散ってこそ美しいと今更に思った次第である。どのみちのんびりとした時間など取れない4月、東京取材に4回(7日)、日帰り取材で京都、和歌山、熊本、大阪と各1日、神戸取材も3日あった。しかし、発送後の1、2日は少し時間をとることが可能(取材がない時)で、ぽっかり空いた4月13日、私用で京都を訪れた。念願の「長谷川等伯展」を展観する為であった。


 京都国立博物館は、国宝の「木造千手観音座像(湛慶作)」と俵屋宗達筆のモデルとなった「木造風神・雷神像」と「通し矢」で知られる三十三間堂の向かいにある。昼ごろに博物館に着いたが、既に待ち時間40分。ふと出口を見る。見終わった人がある程度出ると、一定の人を入場させている。この入場制限のおかげで、人の頭しか見えない満杯の最悪な展覧条件とはならなかったが、じっくりと作品全体が見られるような好環境とはいかなかった。


 展示はほぼ年代順になされていて、等伯がまだ信春の雅号を用いていた七尾時代から、上洛を果たし琳派に対抗して絶頂を極めた国宝の「楓図」、「松に秋草図屏風」の作品へと足を運んだが、心は目当ての「松林図」へと飛んでいた。 

 

 「松林図」は何とも不思議な作品である。あまりに紙が継ぎはぎされているため、障壁画制作のための大下図ではないか、と言われる。また、松の枝の先端部と思われる左隻の左上部と右隻の右上部の松がうまく繋がるため左右逆ではないかという声もある。この絵が描かれたのは、等伯50歳代(1593〜95年頃)とされるが、同時期に将来を嘱望していた息子の久蔵が26歳で急逝しており、その悲しみを背負った等伯が、注文ではなく自分自身のために描いたとも言われている。


 最終室に「松林図」六曲一双が展示されていた。流石に部屋は展覧者であふれ、人々は立ち止まったままであまり動かない。で、10室の入り口後方(右隻斜め後)から全体を人越しに暫く眺めていた。右隻の何ともいえない湿潤な大気に包まれた松林が霧中にある。しかし、視線が左隻に移った瞬間に遠望の積雪の山で視点が止まってしまったのである。何度見てもそこで止まる。おかしい。と思い、反対に左隻左後方より眺めてみた。すると今度は視線がスムーズに右隻へと流れていく。これまで図版でしか見ていなかったが、実物を前にすると見えなかったものが見えてくる。やはり左右逆なのかもしれない。左隻の落款は後に捺されたことがほぼ確定されている。


 私は帰宅後、パソコンで左右逆の「松林図」を再現した。すると見事に繋がった。正に左隻手前から右隻にかけて広大な松林、そして遠望の雪山。が、当たり前すぎて面白くない。ここに左右逆転が生まれた??。


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