夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「黒川能」  編集主幹 松原 清

 早いもので2011年も2月の声を聞く。とりわけ新年からの寒さは久々に体感するものであった。3月号編集で事務所隠りの1月末に長年親しくさせていただいていた工芸家の井波唯志氏(87歳)と書家の田中東竹氏(74歳)の訃報を知った。井波氏は、日展参事。加賀蒔絵と沈金の伝統的な技法に現代的なセンスの意匠性ある作品を発表し、平成6年日本芸術院賞を受賞された能登漆工芸の重鎮で、仕事に厳しく、人に優しい希少な作家だった。3年前に能登を訪れ、歓待して頂いたことを思いだす。田中氏は、日展会員。西川寧に師事し謙慎、読売、日展で活躍。古代文の研究家で、もっぱら漢簡の隷書を発表、西川門の猗園書展で話せなくなるのは寂しい。弊紙より謹んで哀悼の意を表したい。


 さて、2月の1日、2日は何の日かご存知だろうか。「能」に関心ある方ならもちろん知っているだろう。山形県鶴岡市の黒川能「王祇祭」開催の日である。私は洋画の重鎮、森田茂氏の記事を書く中で偶然に知りえたことで、残念ながら現地でまだ実際に見ていないが、「黒川能」は観阿弥、世阿弥が大成した猿能楽の流れを汲んでいるが、約500年にわたり独自の伝承を続け、中央の五流(観世、宝生、金春、金剛、喜多)では、すでに滅びてしまった古い演目や演舞を数多く残す、黒川の春日神社に伝わる貴重な神事能であるという。

 

その中でも、年に一度、上座・下座の「当屋(座中民家)」に、黒川地区の鎮守・春日神社の神霊が宿る王祇様を招き入れ、厳寒の冬の夜を徹して能・狂言を奉納する「王祇祭」は、黒川能の「原点」であると言われている。2月1日の夕刻、幼児が勤める「大地踏」を皮切りに、式三番、続いて能5番、狂言4番が演じられ、翌2日には、ご神体が春日神社に還り、神前で両座が脇能を一番ずつ演じ、その後大地踏、式三番が両座立ち会いの形で行われるという。昭和51年5月4日に、文部省により国の重要無形民俗文化財に指定され、全国的に知られるようになったが、先に記したとおり、画家関係の人は森田茂氏の作品「黒川能」を通じて見聞きした人が多いのではないかと思う。


一度「黒川能」を見てみたいと思うが、「王祇祭」は民家で行われるため人数が制限されている。事前に申し込み、抽選で当たった人だけが入場できると聞く。黒川能のなかで野外の薪能に属する「水焔の能」が7月の最終土曜日に総合運動公園野外舞台で公演されるが、これが狙い目かもしれない。かく言う私も能には疎遠で、12年程前に初めて観世九皐会の「紅葉狩」を見て、次に神戸の湊川神社の薪能、そして国立能劇場で「道成寺」を見たきりで、8年ほど遠のいている。見方もまだ十分判らない素人が「能」談義でもないが、初めて実際に見たときの足捌きの凄さは今も記憶に残っている。「能」初見の話も記してみたいが、形式の中の美という点では、工芸や書の世界に通ずるものと思う。まだ、御水取りまで1ヶ月。寒さに負けないで頑張るのみ。


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