夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「日本の文字文化 T 」  編集主幹 松原 清

 日本には漢字が輸入されるまで文字が存在しなかった、と言う定説。このことに対する疑問をもったことはないだろうか。
 

 もう15年ほど前になるが、東京で興味ある書展を見た。「神代文字」というタイトルに目をひかれてつい会場に足を踏み入れたのである。展示されていたのは「カタカムナ」と呼ばれる古代文字。カムナとは「神字」と記し、漢字以前の言霊の移写実象化古代文字とのことだそうで、いわゆる「カタカムナ」は象神字として古く神代より存在していたと説明されていた。その文字は単に形象造字法に基づくものでなく、球体の核から数組織で遠心放射となっており、数が言葉となっていて、言語文字の存在と認識の場から言うと、大自然の言葉は数と形であって、この「神代文字」の表示は世界の共通語の素に成りえるというのである。また、我々が常識として知っている、漢字から「カタカナ」、「ひらがな」が創られたという認識も、会場の説明によれば、「神代文字のカタカムナから弘法大師がひらがなを創りだした」とあり、神官を真似た衣装の人達もいて、何やら怪しげな書展であったのだが、ただ、日本の古代文字という点で私の好奇心は大いに喚起された。その頃、超古代史ブームが静かに広がっていて、SF的なものから学術的香りの濃いものまで刊行されていた。地球が宇宙人の流刑場であったとか、惑星間戦争で敗者の落ちのびた場所であったとか、そしてそれらの宇宙人が住み着いて高度な文明を超古代に創りあげたが、強烈な天変地異、又は戦争で何度か滅び、生き残ったわずかな人々が古代史を新たに刻んできたといった話に終始したものが殆どだった。

 

しかし、私の興味はそうした大スペクタクルな超古代のロマンでなく、日本の古代の記録「何故、大化の改新以前に記録したものがないのか」という点にあった。そうした疑問に行き着く前も、何故朝鮮・中国の人々が日本に行き来できたのであろうか、言葉は同じようなものだったのでは?、それでは文字はどうだろうか?と。常識的に考えれば、紀元300年頃に日本は朝鮮、大陸系の人々によって既に政治支配されていた。従って朝鮮半島への出兵、協力関係も何の支障もなく出来たと考えられる。つまり大和朝廷は元来の日本土着民族でなくそうした大陸系の覇者と考えることは極めて妥当で、幻の国「邪馬台国」の時代(200年頃)がちょうど動乱で、土着の民は九州から東へ東へと移動したと考えられる。
 

 そうした歴史の流れは、ほぼ私達が社会で学んだ内容だが、魏志倭人伝にほんの少し残っているだけで、日本で書かれた歴史書としては全くない。古事記は712年、稗田阿礼が誦習した帝紀、先代の旧辞を安万侶が撰録した日本最古の歴史書だが、果たしてそれ以前に記録されたものが全くなかったのか。卑弥呼時代から交流があったことから、何らかの記録があったと考えるのが自然であろう。でも、ない。考えられることはひとつ。焚書である。 続く


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今月の課題