夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「『東京都美術館』リニューアルオープン」  編集主幹 松原 清

 東京都美術館が平成24年4月1日にリニューアルオープンした。2年間に及ぶ改修工事のため、各公募団体は代替会場探しで右往左往して、何とか2回の展覧会をクリアしてきているが、会の役員・運営委員もほっとしているのではないだろうか。併せて私たち報道関係者もやっと落ちついた取材ができるようになり、国立新美術館と併せて、年間取材スケジュールもしっかり計画できるようになった。
 さて、ここで東京都美術館の沿革を少し追ってみよう。日本初の公立美術館として大正15年(1926)に東京府美術館として開館。明治後期から大正にかけて近代美術館の必要性が文部省でも論議されていたが、ロシア戦争後の軍拡により予算不足で頓挫していたところ九州の石炭王・佐藤慶太郎から当時の金額で100万円の寄付金の申し出があり建設にこぎつけたという。しかし、欧米の美術館のように豊富なコレクションを持つ美術館としてスタートした訳ではなかった。急速に育ちつつある公募展を受け入れる展覧会場として、又、主としてフランス絵画の企画展の会場として運用して欲しいという美術界の要望もあり、貸し館、企画館に根ざした運営形態とならざるを得なかったのである。コレクションをもつ美術館として、後に大原美術館、西洋美術館、京都市美術館、国立近代美術館が建設されたが、それでも尚こうした傾向が強いのは東京都美術館の先鞭と日本美術界の特殊事情によるものといえるだろう。

 

木造建築で、その時代を懐かしむベテラン作家は今でも多いが、太平洋戦争の東京大空襲にも被災を免れたのは幸運(米国の文化保護、京都・奈良も)といえる。戦後復興をなした1970年代に入ると、美術団体の数も増大し、手狭さと機能不足が顕著になり新美術館建設が決定。昭和50年3月31日に完成し、旧美術館は取り壊し跡地は公園となった。今になって思うが、やはり旧美術館は歴史的建築として残して欲しかった。欧州の文化遺産に対する扱いと比べるとお寒い限りである。エレベーター、冷暖房を完備した新館は35年間、日展、院展を始めとする公募団体のメッカとしてあり続けたが、5年前に国立新美術館が完成、日展、国展、二科展、二紀展などが国立へと移った。都美術館は配管系や設備の老朽化が顕著となり、10年程前から改修の話があったが予算化に至らなかった経緯がある。今回の改修工事では現在の外殻を残しながら、バリアフリー化(入口にエレベーター等)も図られている。
 入館しての感想は、レストラン、フリースペースの充実。床がカーペットになって歩くのに優しくなった。公募棟の広さは変らないが、各棟への横連絡が良くなり、壁色が白になって現代美術系に。事務所までエレベーターがついたが、昇降速度が極端に遅くなった。地階の会場が明るくなると聞いていたが、まだ光量不足の感。壁色が問題か。トイレの数が倍増したのは歓迎だ。企画棟の天井高が3.2mから4.5mになって大作展示が可能となったというが、今度の企画展で確認したい 。


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今月の課題