夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「45年ぶりの入学時同窓会」  編集主幹 松原 清

 新年の正月2日に同窓会に参加した。母校の国立阿南工業高等専門学校が今年創立50周年を迎えることにちょっと便乗した感じもあるが、いわゆる通常の同窓会でないところが新鮮だった。卒業名簿でなく、入学時の機械工学科2クラスのメンバーに開催の案内状を送ったと聞いたからである。昭和36年に高専法が成立し、翌年に第1期開校で12校が設置され、その翌年の第2期開校に阿南高専が創立、第1期生が入学している。私が入学したのは昭和42年、第5期生としてであり、その年に初めて1年生から5年生までの全学年が埋まった記念すべき年であった。
今東京オリンピックが終わって昭和40年代に入ると日本は正に高度成長の真っ只中で、即戦力になる技術者が大量に求められていた。その人材要求の背景もあり高専の授業は5年で、実質高・大の8年間の授業内容をほぼ網羅する内容で、赤点は3教科で60点以下だと落第するという(もちろん再試及第も少しはあるが)結構厳しいもので、ダブってしまった同期生、そのため中退を余儀なくされた者、また、3年生後に大学編入制度で大学に行く者もいて、2クラス80人の同期入学生として卒業したのは70人を少し割っていたように思う。 

 

 今回、20名が徳島県阿南市に集った。お招きしていた当時の教授が、私の卒論授・清原先生であった偶然に驚いたが、入学後45年の顔ぶれ、もちろん年にいち二度顔を合わせる友人が数名いるが、2年生の終わりにふっと退学してしまってそれ以来まったく音信がなかったIさんの参加に感激。43年ぶりの再会となったが、どことなく昔の面影があった。最近まで地元の森林関係に従事していたとか。また、顔も名前もしばらく思い出せない者もいて、45年の年月の長さを改めて感じたしだいであった。
 そういえば、あの頃は70年安保闘争の真っ只中で、政治闘争に身をおいた学生もいた。私はノンポリで、先輩や他の大学の過激派に属する学生運動に参加して、結果退学していった同級生を不思議な目で見ていた記憶がある。今思うと彼も純粋だったんだと理解でき
るが、私としては入学した以上やらなければならなかった勉強と、時間を見つけてやりたいことが沢山あったからで、実際3つのクラブ(卓球、ブラバン、絵画)に入っていてそれどころでなかったというのが本音だ。
 高専入学後45年。圧倒的に工業系の会社に就職した者が多いが、会社役員に出世した者以外は定年を迎えるか、嘱託勤務となっている。就職後転職して、電気、制御、建築で会社を興した者もいるし、市会議員に連続当選した者、田舎でみかん作りに励む者、また私のように全くの異種に就いた者もいる。そんな中、同期の天羽稔が、今年1月デュポン・アジアの社長に就任したとの情報が入り唖然。彼は、一度富士通に就職したが、国連に転職と聞いていた。その後ワシントン大学を卒業してデュポンに入社したと初めて知った。
 人生、人それぞれ。私は私の生き様を貫く。


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