夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「桜考 II 」  編集主幹 松原 清

 10数年やっていない「花見」を計画した。土・日しか時間の都合がつかない人がいるから、必然的に土曜日となった訳だが、予定した4月6日は週間予報では雨の予想である。

 上野公園の桜は3月10日頃に既に咲きだし、20日の祝日にはほぼ満開で大勢の花見客が桜の下で宴を満喫していた。そんな光景を尻目に、黙々と美術館めぐりの取材をするのは例年どおりのことであったが、ふと、仲間内で花見が出来ればいいな!と思った。思い立ったら即実行、さっそく仲間に連絡を入れると全員快諾。その後の心配は、桜がすでに散ってしまっているのではないかということのみであったが、どうやら拙宅の加古川の桜の名所「日岡山公園」は4月はじめが満開の予想で、はらはらと約1500本の桜が散る風情もまた一興と準備を進めていたのである。まさか、「雨」という伏兵があることをすっかり忘れていた。

 最近の天気予報は不思議と良く当る。まあ、なるようになるさ。一次会が桜の下、二次会が拙宅での飲み会と決めていたから、「花よりだんごである」と腹を括った。もともと仲間で集まっていろんなことを駄弁るのが目的なんだから。結果は、次回の編集室よりで……。

  さて、桜の話しは以前に記したことがある。89年5月、もう24年も前のことである。子供の頃の郷里徳島の眉山の夜桜や、桜をよく描いた奥村土牛翁や河井達海氏、平松礼二氏、工藤甲人氏にもふれている。

 

加山又造氏、東山魁夷氏の名前も挙げるべきであったが、何故か日本画家が圧倒的に多い。それは、桜が古来から日本人に愛されてきた花であり、花びらも図案化され、国花ではないが国民花の地位を獲得してきた経緯がある。桃山時代には狩野派が桜を主題として多くの名品を残しており、日本画の伝統的なジャンルとして存続していることに起因することが大きいといえる。

  私は、桜の原産地は日本とずっと思っていた。が、ヒマラヤ近郊がおおもとの原産地らしい。北半球の温帯地方に広く分布(ヨーロッパから西シベリアにかけて3種、東アジアに3種、中国に33種)しているが、日本は数百万年前から桜が自生しており、種も断トツで、野生種・自生種だけで約100種の桜が存在し、固有種・交配種を合わせると現在600種以上の品種があるという。人類5万年の歴史に遡って考えても、桜といえば日本の花と胸を張って言えるのではないだろうか。

  一方、桜文化としては、中国文化の影響が強かった奈良時代に歌われた和歌の花は「梅」が主で、かなが生れて国風文化が育ってきた平安時代以降は「花」といえば桜をさすようになった。嵯峨天皇は桜を愛し花見を開いたと云うが、西行の桜好きも有名である。豊臣秀吉の醍醐の桜の大花見の宴も。江戸時代、散り際の潔さを武士道のたとえにしたこと。歌「さくらさくら」、同期の桜、合格の「桜咲く」、警察官・自衛官の階級章100円硬貨等々。

  春本番を告げる桜。でも、何故桜前線は北上でなく、いびつなのだろう

 


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