夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「ホーチミン市訪問記(4)」  編集主幹 松原 清

 思わず、「えっ」という声が出てしまった。この程度と言っては失礼だが、ちょっとした日本の画家なら描けそうな作品である。どう見ても私の予想した価格の10倍はする。物価事情から言ってもベトナムでの500万円は、日本国内で換算すれば1500万円の価値があると思えるからで、正にアンビリーバブルの出来事であった。当の画廊主は「どうせ買わないのだろう」とケロットした顏である。取引相手は裕福な外国人か土地の富豪層に限られていると後で知ったが、ふっかけられたことを差し引いても、専門家の作品が相当高額であることは想像できた。
 2ヶ所目はアメリカ人が経営する小体な洋館造りの画廊。訪問時、残念ながらオーナーは不在であったが、快く迎えてくれた。壁には日本の独立美術・国画会系を思わせる大作が多く並んでいる。何か日本との関係があるか尋ねたかったが、留守番の人では詳しい事情はわからないようで、作品はオーナーが交渉して現地の画家や国外から仕入れ、主にベトナムに住む裕福な外国人、会社に収めているらしい。
 それにしても南国のスコールは強烈だった。画廊に入る前のタクシーの中、いきなり大粒の雨。手の親指の先ほどあろうか、すざましい雨音を響かせ、まるで瀧のようにまとまって水流が落ちてくる。日本でいうゲリラ豪雨。傘など何の役にたたない。これが、10分〜15分でカラット上がる。結果、車と長蛇のバイクの排気ガスと臭いを1日1回以上洗い流してくれる。スモッグに覆われて、その対策が問われる国々にとって何とも羨ましい話しである。

 

 3日目、最終日はホーチミン市の芸術会に所属する20名ほどの画家達との交流会が予定されていて、F氏も同行する。本部は少し大きめの画廊を有しており、会に所属する画家達の作品がかかっていた。出席者は水彩・油絵画家、グラフィックス、民芸作家、デザインなど様々な分野であるが、やはり、専門的な教育を受けている人が大半である。しかし、画廊に掛かっていた素人っぽい作品が目についていたので、「一般の絵の好きな人でも会員になれるのですか?」という質問をしたところ、「メンバーの総意が認めたら」ということだった。彼らも閉鎖的な芸術環境のなかで頑張っている。しかし、芸術が市民レベルまで行き渡るのはまだしばらくの時間が必要かもしれない。最後に、以前F氏が専門画廊で知りあったというHIMIKO という芸術家を訪ねた。日本的ネーミングは、彼女が19歳で日本の美術大学に留学して、日本びいきになったからだと。彼女は3・11の惨状を見て、千羽鶴をイメージした作品を、立体作品も含めて何点も制作していた。昨年、バイクで転倒して頭蓋骨陥没の重症からやっと復帰したところで痛々しかったが、好きな日本の歌を何曲も歌って聴かせてくれた。
 急ぎ急ぎの正味3日間の美術親善の旅。すべての料理に入れられたパクチーの臭いと戦争博物館で見たホルマリン浸けの胎児が記憶の奥に残っている。(了)


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今月の課題