夢遥  ゆめはるか

(全日本美術『今月の課題』1996〜2005年を単行本に)
全日本美術編集主幹 松原清 著  A5版 272頁 定価2000円

今月の課題 「日本の文化とは(1)」  編集主幹 松原 清

 culture(カルチャー)という英語の意味を尋ねたら、十中八九で「文化」という答えが返ってくるだろう。しかし、ウィキペディアによると、カルチャーという言葉はラテン語colere(耕す)から派生したもので、ドイツ語のKultur や英語のculture は、本来「耕す」、「培養する」、「洗練したものにする」、「教化する」といった意味合いを持つ。暮しの為の技術革新や生産の社会形態をひと纏めで「文明」と呼んで文化と対比されるが、文化は人間の精神面での向上を示す言葉として位置づけられており、この定義は古典的・日常的な文化と言われる。また、人類学に於ては、人間と自然や動物の差異を説明する為の概念をさし、ここでは文化・文明は同義とみなして、知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣行、その他、人が社会の成員として獲得した能力や習慣を含むところの複合された総体と定義している。他、社会学的文化や考古学的文化の定義があるが、どの説にも言えることは、人は精神的な向上活動があって人と呼べるということではなかろうか。動物の殆どはコロニーをつくる。人もまた然りである。如何なる発見や、発明・工夫があっても一人であればそれらは、その人が死ねば全て消え去る。コミュニケーションが人々の間にあって、広がっていくのである。社会人類学者・民族学者のレヴィ=ストロースは「言語は文化の条件である」と主張する。私もその通りだと思う。しかし、アボリジニのように文字を持たなかった人種は文明を加速出来ず、滅亡寸前へと追い込まれていったこともまた事実である。

 

文字が、先達のあらゆる経験や、思考・思想を後世に伝えることにより、文明、ひいては文化を加速させてきたのである。思考・思想はコロニーの生活環境に大きく左右される。立地条件や複数のコロニー間の行き来がある場合と全くないのでも条件は変る。闘争本能旺盛なところと、そうでないところ。言葉を文字で伝える方法を発明した人類の先祖は、多分世界同時期(多少の差異はあると思えるが)に分布して存在したのではないだろうか。文字は約束事の記号であり、言語形態の違いで異なってくるのは自然の理であろう。
 さて、ここで日本の文化の幕開けを考えてみよう。古代日本に文字がなかった、というのは学者の定番になっているようだが、私は信じたくない。大陸からの征服者が土着の王朝の文字を焚書してしまった可能性があると思っている。まだ、古代日本の文字自体熟成しておらず、古代中国と同じように王家の社稷、その縁者の間でしか使われていなかったとすれば、焚書は簡単に実行できる。いずれにせよ古代やまと言葉に征服者の文字(漢字)の音を重ねて新たな文字、真仮名が生まれたと思えるのだがどうだろう。以降、混血化と大陸との断絶期を過ぎ、飛鳥、奈良王朝で大陸との交流が復活、平安時代に入ると真仮名から「かな」の発明がなされるのである。この頃から人間精神の向上が飛躍的に加速。現在の日本人のルーツになっている。(続く)


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今月の課題