ななこのArt interview  〜作家の小宇宙を訪ねる〜 (1)

日比野 光鳳

『人間はやっぱりね、希望とか夢とかロマンをもって その日その日を過ごしていく、
それが人生の宝やと思っている。』


 空梅雨の京都に日展理事、水穂会会長の書家、日比野光鳳先生を訪ねた。光鳳先生は京都生まれの京都育ちである。平安の都で生まれたかな文字、その平安かなの優美さと現代空間を融合させ、新たな京都のかな美をつくりあげた父・五鳳翁、現代かな書の第一人者として敬愛され全国に多くのファンがいる。今も尊敬してやまない父だが、子供の頃からこと書に関しては大変厳しかったと光鳳先生は語る。  

 光鳳先生は書作品とも関連するが小倉百人一首の歌碑の揮毫をなさっているとお聞きし、まずそのことについて話を伺った。手がけた歌碑は平成七年から現在その数17にのぼる。古代学研究所の角田文衛氏との深い関わりがあり、近藤清一氏が寄贈する歌碑の揮毫を書かないかとお話があって始めたとお聞きしたが、更に先生は揮毫代を一切いただくことなく続けられている。これは光鳳先生が常に考えられている「自利自他」「忘己利他」の理念である。いつも自分のことだけでなくすべての人が幸せにという気持ちが込められている。この理念の基底には、大学卒業後12年間宝酒造に勤められた経験が少なからず影響しているようだ。また「この10年間歌碑を書いているうちに一つ勉強しました。印材にも種類がたくさんあるように、風雪に弱かったりひびがはいったりいろんな特徴がある石というものに関心をもった。」と語る。ただ書くだけでなくライフワークとして積極的に取り組んでおられ「今年中に全20碑書くことが今の目標でその後には本を出したい。」と目標を掲げられている。「人間はやっぱりね、希望とか夢とかロマンをもってその日その日を過ごしていく、それが人生の宝やと思っている。昔から『希望は人生の宝』というものをずっともって私はやってきた。夢の実現を常に念頭においてstep by stepでこれからも精進していく。」とひとつひとつの言葉を噛んで含むように語られた光鳳先生がとても印象的だった。  




今年一月、日比野光鳳先生によって北野天満宮に奉納された歌碑
菅公御歌『このたびは幣もとりあへず手向山 もみじの錦神のまにまに』

 

 最後に、今の若者についてどのように感じておられますか?という質問をさせていただいた。「うらやましいと思います。インターネットとかね、携帯電話とか情報機器が発達しそれに上手に対応してる。でもその反面 日本文化等に関して関心が薄らいでいるようなところは残念だね。ラブレターを書かなくてもメールでできるし一生字を書かなくても生きて暮らしていける時代かもしれない。でも自分の国の国語を大事にして幼い頃から習字を勉強して欲しい。それも文字を美しく書くということだけが目的でなく文化を大事にするという勉強を。」という答えが返ってきた。伝統とは何なのか、若者の間で崩壊する言葉、日本人の言葉と文字の本質を改めて考えていきたい。